推しは策士の御曹司【クールな外科医と間違い結婚~私、身代わりなんですが!】スピンオフ
 何を話していたのかもはっきりしないけど、とにかく幸せだった。
 仕事の話やお互いの家族の話、普通に語るお金持ちエピソードも楽しく聞き、笑顔で過ごしていると「昨年大きな失恋をしまして」と、さらりと専務はそう言った。聞き間違いだろうか?さっきまで実家で飼ってる犬の話をしていたはずなのに。

「昨年は激動の一年で、生まれて初めて振られました」
 えっ?専務が失恋?振られた?どうやら聞き間違いではないらしい。
「失恋ってメンタルやられますね」そう言って笑っている。
 笑っていいの?失恋?推しが振られた?あまりのショックに世界が白くなる。あぁきっとこれは糖分だ。専務の甘さに私は溺れていたけれど、その糖分が一気に塩分に変化した。塩分に水分が加わったようで、ざらざらと身体の内側からすりこまれたように身体じゅうが痛くてたまらない。
「木戸さん?」その声までも遠く聞こえる。耳もざらざらしているのかしら。全てが痛くて遠い。
 
 嘘だ。
 専務が失恋なんて。振られるなんて嘘だ。そんなことはありえない。嫌だ絶対嫌だ。こんなに素敵な王子様が振られるなんて。そんなひどいことがあるなんて嫌だ。失恋でメンタルやられるなんて信じられない。専務は幸せでなきゃいけないのに、絶対そんなの……嫌だ。
「咲月さん?」目の前に淡いブルーのハンカチが差し出された。綺麗にアイロンがかけられたハンカチ。これもクリーニングに出しているのかしら。どうしてハンカチ?不思議に思いながら少しうつむいた顔を上げると、知らないうちに頬が冷たい。
 私……泣いてる。
 
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