愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~

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インペリアルホテルに入るとすぐに私達の担当というバトラーが出迎えてくれ、それも名前を呼ばれて驚いた。
どうやら部屋に入り次第食事を用意しても大丈夫かという確認らしく、私は必死に英語を聞き取って、OKと返す。
それだけで彼はニコリとして、私をエレベーターまでエスコートしてくれた。

担当のバトラーというのは何をするのかわかっていなかったが、宿泊者の細かなオーダーに対応してくれるのだろう。
そもそもいつの間にレンがそういう手配をしていてくれたかなんて気付かなかった。

部屋に入りやっぱりここが宮殿にしか思えないと、さっき行ったシェーンブルン宮殿を思い出し、鞄を飴色になった低いチェストの上に注意深く置く。
ここに荷物を置いて良いとレンに言われたときには、このアンティーク家具に傷をつけないかヒヤヒヤしたが、もうどの家具も素晴らしいものなので諦めることにした。

まだ開けていなかったトランクを開け、まずはワンピースを出しクローゼットのハンガーに掛ける。
今回持参したお洒落な服はこれだけだ。
貧乏旅行と思いアクセサリーも一切持ってこなかったことを、今心から反省していた。

リビングのテーブルに次々並んでいくのは、クラブサンドイッチと紅茶、そしてフルーツ。
紅茶はポットで持ってきてくれた。
パリッと外が焼かれたパンの間にはローストビーフが挟まれているようで、庶民の私はこの食事はいくらするのだろうかと考えていた。

「What time are you leaving?」

どうやら楽友協会に行くこともわかっているらしく、出かける時間を聞いてきた。

「6 o'clock」
「Certainly」
「thank you」
「Guten Appetit」

バトラーは最後だけドイツ語で言うと、静かに部屋を出て行った。
最後の言葉はホイリゲでもスタッフ達が食事を運んできてそう言うのでレンに意味聞くと、食事を楽しんで!という言葉らしい。

私は時計を確認し、急いで食事を始める。
着替えに再度化粧を直す時間も必要だ。
食事は朝レンが迎えに来る前に近くのスーパーでパンを買って食べていた以来だが、こんな高級な部屋で贅沢なサンドイッチを頬張っている自分が不思議で、気が付くと笑っていた。
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