愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~


入り口で男性スタッフにチケットを見せると、階段の方を指さされた。
二階にはまたスタッフがいて、チケットを見せると廊下に沢山並ぶドアの一つへ案内してくれた。
その中に入って驚く。
そこは二階左右にあるバルコニー席で、なんと最前列。
少し先を見れば、上から下へ広がって流れるようなデザインの豪華なシャンデリアが光り輝き、黄金のホールと呼ばれるに相応しく金色の柱や壁が眩しい。
席に腰を下ろしてステージを見ると、あのピアノが少し斜め右に見える最高の場所だった。
ここならおそらく、指揮者が立っても重なること無く彼の顔を確認することが出来る。

レンに凄い席をありがとうと伝えなければ!
私はポシェットからスマホを取りだし気が付いた。
レンの連絡先など何一つ知らないことを。

そもそもレンというのが本名なのかそれすらだって私は知らない。
また今度来たときに、なんてあり得るわけが無い。
おそらく明日レンを仕事に見送って、それが彼との過ごす最後の時間となるのだろう。

彼に惹かれている、とても強く。

だけれどこれは、吊り橋効果というやつでは無いのだろうか。
不安な見知らぬ異国の地、助けて貰った相手は驚くほどに顔もスタイルもいい人。
それもここまで優しくして貰って好きにならないわけが無い。
そもそも今まで一目惚れなどしたことはないのに、まだ出逢って二日。
こんなにも感情が高まっているのは、海外旅行だからこそじゃないだろうか。
冷静に、私の中のもう一人の私が言い聞かせる。
言い聞かせている時点でもう遅いのだとわかってはいるけれど。

ぼんやりと下を見ていれば、あっという間にホールは人で埋め尽くされ、オーケストラのメンバーが音を出しチューニングをしていた。
このホールは広いように見えて、割と席が密集している。
ステージ真下にも席が並んでいるが、どうやっても指揮者の足しか見えないのでは無いだろうか。
私は時計を見て、あと少しで彼に再会できることに胸を高鳴らせていた。
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