愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
拍手と共に指揮者が指揮台に上がった。
こちらの場所からはギリギリ指揮者全体が見える位置。
指揮者は年配の方のようだが、知識の乏しい私には彼が誰か分からない。
そして、待ちわびていた彼が舞台袖から現れた。
一気に拍手は大きくなる。
(え?)
私は無意識に立ちそうになったのを堪えた。
凝視するように見つめる先には、黒のタキシードに身を包んだとても背の高い男性。
後ろ流してある髪の毛は少しだけ額に落ち、高い鼻筋と切れ長な目。
目映いライトとシャンデリアの元に、気高い貴族が現れたかのような雰囲気を纏っている。
彼は静かにピアノの前に腰掛け、あの美しい青い目が指揮者の方を向いた。
(レン?!)
指揮棒がふられ、静かにピアノの音が聞こえる。
なのに私の頭は混乱していた。
目の前で見ているわけでは無い。
よく似ているように見えるが、レンの親戚という可能性だってある。
彼は冷たそうにも見える表情でピアノを弾き、いつの間にかオーケストラも一緒になっていた。
私は激しく動揺している心をひたすら宥めながら音楽を聴く。
おそらくこの曲は三拍子、ワルツだ。
ピアニストの表情は冷たそうなのに、奏でられる音は全く違った。
楽しそうなのだ。
目を瞑り軽やかな音に耳を傾ければ、誰かと手を繋いで楽しく歩いている景色が思い浮かぶ。
そこにいるのは笑顔で話しかける私と、それを嫌がらずに穏やかな表情で聞いてくれるレン。
管楽器が小鳥のようなさえずりを響かせ、ピアノは楽しげに音を鳴らす。
私は散歩している自分たちの景色が見えるような、不思議な感覚に陥っていた。
途中休憩になり、私は立ち去るピアニストの顔を見ようと思うが顔を上げないのでわからない。
結局よく見えずに私は仕方なくトイレ休憩へと急いだ。
早めに席に戻り、誰か日本人がピアニストの話をしてくれないかと聞き耳を立てるが、残念ながらドイツ語、イタリア語等々らしき言語しか聞こえない。
またスマホを取りだし電源を入れる。
電源が入っても当然のようにレンから連絡があるはずも無く、わかっているのに触ってしまう。
彼はレンなのだろうか。
私はただピアノが楽しみだったという思いから、焦るような戸惑いのような感情が押し寄せていた。