愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
後半が始まり、今度はどこかで聞いたことのある曲で題名を思い出したいが難しい。
ステージにはピアノ対オーケストラ。
それが当然だが戦うわけでも無く、一緒に一つの曲を奏でている。
ピアノは黒、ピアニストの服も黒。
オーケストラの団員達も黒の服、だが皆髪色などは違う。
そんな中で、ピアニストだけは違うように見えた。
陳腐な言い方かも知れないが、オーラが違う、というのだろうか。
ピアノを弾いている彼は、何十人もいるオーケストラと対等かそれ以上にすら思えた。
周囲は皆ステージに釘付けのように見える。
目を閉じている人もいるが少し身体が揺れているところを見ると、ただ音を味わっているだけなのだろう。
そして感じた。
ここにいる誰もが、あのピアニストに魅了されていることを。
だからこそこの黄金のホールが立ち見席ですら一杯になるほど人気なのだろう。
どれだけ時間が経ったかわからないほどに、私は食い入るように音を味わっていた。
そうだ、時間はと腕時計を見るとそろそろ八時半。
おそらくこの曲が最後かも知れない。
ということは、もう彼のピアノを聴けるのはこれで最後。
私はもうこの音が聞けないと言うことに泣きそうな気持ちになりながら、ひたすらにステージを見下ろしていた。
ダン!というピアノ音と同時に、オーケストラの音も最高潮で音が止まる。
余韻を残し指揮者のタクトが下がると、一気にホール内は拍手と歓声に包まれた。
オーケストラも一斉に立ち上がり、指揮者も前を向く。
ピアニストが立ち上がって、指揮者と握手をした。
オーケストラも指揮者も笑顔なのに、ピアニストだけは表情が崩れない。
私も彼に届くようにと思いながら、必死になって手を叩く。
周囲が立ち上がって拍手している事に気付き、私も席から立ち上がって前のめりでステージを見下ろす。
ピアニストが指揮者から離れるとき、軽く顔を上げた。
それも真正面では無く、斜めの私がいる二階の方に向かって。
パチン、と自分の中で彼と目が合った音がした。
そんな彼の口角が少しだけ上がったのを、私は見逃さなかった。
彼は、あのピアニストはレンだっんだ!
柵を握り、ステージを離れるレンの背中を私は呆然と見つめていた。