愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「ニクいことするね」
亜由美ちゃんが目を弓なりにして言う。
「慣れてるんじゃない?」
「外国のモテ男は普通かも知れないけれど、彼の場合はカエちゃんに夢だと思って欲しくないから渡したんじゃ無いの?」
「それは、そう思いたいけど」
今も部屋の引き出しに大切に保管してある、音符のブローチ。
彼との思い出を繋ぎ止める大切な品。
ウィーンでレンと観光していたとき、私はレンを一度もカメラで撮らなかった。
サングラスをしていたことで薄々気付いてはいた。
彼が目立ちたくは無いのだろうということは。
それに、写真を撮らせて欲しいと言われて嫌な顔をされるのは怖かった。
風景の一つに入れることすら、罪悪感に捕らわれそうで出来なかった。
残念に思うと共に、それで良かったと思う。
だからこそ、レンは最後まで私と付き合ってくれた、そう思えるから。
ウィーンの土産話を、肉汁したたるハンバーグに舌鼓をうちながら話す。
久しぶりに直接会って話すと言うことは、メッセージのやりとりより遙かに違うと実感した。
「それで、例のピアニストなんだけど」
亜由美ちゃんがデザートのアイスを食べながら話題を振ってきた。
名前は知らせていない。
だが、彼がドイツ人と日本人のミックスである事、日本で公演したことは無い事は伝えていた。
彼女は机に置いていたスマホを弄ると、画面を私の方に突き出した。
「この人でしょ?」
私は思わずそのスマホを手で掴んだ。
その画面に出ていたのは、とあるチケットサイトのページ。
『レン・ハインリッヒ、待望の日本公演決定!』
と言う宣伝だった。
私は衝撃のあまり言葉が出ない。
今朝検索したときはこんなのは出ていなかったのに。
見落としてしまったのだろうか。
「これ、数日前に公表されたみたいだよ?
友達にピアニストとして仕事してる子がいて、興奮してリンク送ってきたの。
その界隈では有名な人らしいね、特に女性には」
スマホを持って固まっていた私はその内容にも驚いていた。
やはりそういう人達には有名な人だったのか。
「リンク送るよ」
「ごめん、お願い」
苦笑いする亜由美ちゃんにスマホを返し、見ていたページのリンクを送って貰った。
すぐにページを開き、公演の内容を調べる。
東京での二日間のみ。
チケットは抽選でも何でも無い。
ホールは新宿にある『東京オペラシティ』。
公演は来月の金曜日夜と土曜日昼間。
この二日はどちらも予定は無いはず。
そんなチケット販売は来週、それも朝十時スタート。