愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~


「篠崎さん」

安斉編集長に呼ばれ、またお使いだろうかと席の前に行く。

「返事が来たよ」

それだけで何の返事なのかすぐにわかった。
一気に緊張し、椅子に座る安斉さんがどういう表情なのか探る。
だが眉をひそめていて、これは落ちた連絡だったと確信した。
覚悟していたとはいえ、少しでも可能性を期待していたのでやはりショックは大きい。

「明後日、水曜日。
場所はコンサートの行われるコンサートホールの大リハーサルルーム。
うちは午後四時半から三十分。
なお、三十分はカメラの設置など含めた滞在時間で午後五時完全撤退。
インタビュアーなどを含め三名まで」

机に置いてあるA4用紙一枚を取り、安斉さんは読み上げた。

「谷本さん、カメラマン、そしてアシスタント一名ね」

顔を上げ安斉さんは特に表情を和らげることもなく淡々と伝えた。
私が入れないのはわかっていた。
だけれど谷本さん達がインタビューしてくれる。
それだけで安心できるし十分だ。

「良かったです」

心から出た言葉だった。

「谷本さんならきっと素敵なインタビューをして下さいますから」

安斉さんは私を見た後、そのまま顔を動かし谷本さんを呼んだ。
谷本さんも特に笑顔を見せることなく、キリッとした表情で私の隣に立った。

「聞こえていただろうが、レン・ハインリッヒのインタビューが取れた」
「奇跡ですね」
「そうだな。
で、インタビュアーは谷本さんに任せるとして、カメラマンとアシスタント二名の選出も君に任せて良いか?」
「はい。
カメラマンはいつもお願いしている池田さんにアポを取ります。
で、アシスタントは篠崎さんにお願いしようかと思っています」
「えっ?!」

驚き、思い切り横を向く。
谷本さんは完全に仕事モードの表情をしていた。

「これは元々篠崎さんが考えた質問内容でしょう?
もしもインタビュー直前にこの質問は無しとか先方に言われたら、すぐに対応しなきゃならない。
先方がどういう意図で拒否したのかも考える必要があるし、この質問内容を考えたレンを知っている人が側にいる方がインタビューの成功率は上がる。
あくまで貴女が仕事を学ぶ機会としてで、彼には現場で会えなくても良いならアシスタントにしたいけど、どうする?」
「もちろん立ち会えなくて結構です。
良いインタビューが出来るために、微力ながらお手伝いさせて頂けないでしょうか」

頭を下げると、くすくすと笑い声をして顔を上げる。
苦笑いの安斉さんと、面白がっているように谷本さんが笑っていた。

「じゃ、後ほど打ち合わせしましょうか」
「はい!」
「サインねだったりするんじゃないよ」
「しません!」

最後に安斉さんが揶揄って、編集部の皆もどっと笑う。
何だか気恥ずかしい中、皆さんに頭を下げて席に戻った。

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