愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「楓」
強い声にハッとして顔を上げる。
私の顔を見たレンが眉間に皺を寄せた。
「何を考えていた」
低い声。
怒っているのがわかる。
「レンは、ミアさんがこの先もピアニストとして生きていくのに大切だってわかっているんじゃないの?」
それでも口にしてしまった。
レンの表情が曇る。
二人の間に再度沈黙が続いた。
「今回の日本公演を終えたら、ミアには全てを話すつもりだった」
しばらくして話し出したのはレンだった。
「俺がまた再度ピアノに向き合えたのは楓に出逢えたからだ。
楓を手放すつもりは無い。
その為なら日本を拠点にすると決めたし、それにより制約が出ることなど些細なことだ」
こんなにも嬉しい言葉を言われている。
なのに、ミアさんからの言葉を聞いて、そう簡単なことでは無いと今は理解できる。
「俺は楓を優先させる。
だから俺に好意を持つミアに、それでもマネージャーとしていろというのは無理な事だ。
遅かれ早かれこうなっていたんだよ。
ミアほどの腕を持っているなら、他の音楽家のサポートもすぐに出来るから仕事の面では心配していないが」
「待って」
私は思わず止めた。
「レンはピアニストとして今後も生きていきたいんでしょう?」
「あぁ」
「ならミアさんの存在は欠かせないはず。
だから」
レンの目が一気に鋭くなった。
「さっきから何度も言うように、俺は楓を手放しはしない。
どちらかを選べと言われなくても既に答えは出ている」
「でも」
「ピアニストとして生きたいとは思っているが、そのあり方はいくらでもある。
大きなホールでピアノを弾くだけがピアニストという訳じゃ無い。
俺の希望を、楓、お前には話しただろう?」
レンは優しい声で、私に言い聞かせるかのようだった。
思わず奥歯を噛みしめる。
涙が出そうなのを必死に堪えていた。