愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~


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コンサート初日。
当然仕事のある平日、金曜日の夜七時開演で、残業が無いようにとひたすら祈っていた。
だが今夜コンサートに私が行くことを谷本さんが編集部の人達に話してくれていたようで、皆さんの気遣いのおかげで残業も無くコンサートホールに入れた。

途中レンから入っていたメッセージには、きちんと来ているのか確認の内容で私は笑ってしまう。
会社の人のおかげで十分間に合うとメッセージを送ると、待ってるという返事。
思わずにやけそうな頬を叩いて席に向かった。

レンが用意してくれたのは二階席の一番前。
ステージ全体が見渡せる良い席だ。
少しだけ左寄りの席だが、おそらくピアノを弾くレンの顔が斜めで見えるはず。
周囲を見ると既に多くの客が入っていて、老若男女幅広くいることがなんだか嬉しい。
やっぱり以前からレンに注目していた人達がチケットを買ったのかもだろうか。
とすれば、きっとこのコンサートの感想は音楽関係者などは厳しいものが出てもおかしくないだろう。
きっと絶賛が多いはず。
そう思いつつも、私は後で感想を見るのが少し怖かった。

いつの間にかオーケストラが席に着き、各自音出しをしている。
一旦音が止まり、バイオリンのコンサートマスターが一音弾く。
それに合わせ全ての楽器が音を出すと、音合わせが終わった。

少しの間を置いて舞台右袖から割と若い指揮者が出てきた。
このオーケストラ専属の指揮者になってまだ二年ほどらしい。
拍手の中彼が指揮台に上がり、今度は左袖からレンが現れた。
背の高い彼が着ているのは黒のタキシード。
襟だけ素材が少し違い光沢があり、真っ白なシャツはネクタイなどしていない。
黒か白の蝶ネクタイをする人が多いが、レンは嫌いだそうで第一ボタンはいつも開けてあった。
髪は整髪料でほとんど後ろに撫でつけてあるが、後れ毛のように額に落ちている姿はどこかの国の王子のように見える。

一気に高まる拍手。
私も拍手しながらスポットライトの下にいる彼を見つめていた。
あの楽友協会で見た記憶を思い出し、今ここが日本で、そしてその日本でレンのピアノをこれから聴けると思うと楽しみで仕方が無い。
レンは客席に向かい右手を胸に当て頭を下げると、ピアノの前に座る。
指揮者とアイコンタクトを取って、静かに音楽は始まった。
最初弾いているのはレンのピアノだけ。
レンはピアノを弾いているときに身体を左右に大きく動かすことは無い。
弾いていることに酔っているようなピアニストが苦手だったため、私は長い腕が鍵盤を滑るように弾くレンの姿も好きだ。

そこにオーケストラが徐々に合わさり、音が膨らんでいく。
とても綺麗だ。
だけど、ずっと聞いていて物足りなさを感じた。
レンのピアノは変わらずに良いはずなのに、何か全体の力が足りないように思えた。
休憩に入り、周囲では褒める言葉だけが聞こえる。
なのに私は何かあの楽友協会で聞いた物とは違う気がして、その理由がわからなかった。

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