魔界の王子様は、可愛いものがお好き!

魔族の寿命


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 アランの寿命を削ってる?
 シャルロッテさんとカールさんが?

「……ウソだ」

「嘘ではない。アランが、あの二人に命を与えたのは4歳の時だ。初めて使った魔法で、まだ幼かったアランは、魔術式の誤りに気付かず、自分の『魔力』ではなく『命』を代償に、ハーツを作り出した。あの"赤いハーツ"は術者の魂を削っている(あかし)だ。このままいけば、アランは、あと2年で死ぬ。君がアランの友達だというなら、どうするのがいいか、わかるだろう?」

 あと2年──
 その言葉に、愕然(がくぜん)とする。

 確かに、シャルロッテさんとカールさんのハーツは、ララとは違って赤かった。

 でも、あんなにアランのことを大事にしている二人が、アランの寿命を削ってるなんて……

「嘘だ……っ」

「嘘ではない」

「嘘だ!! だって、魔族は人間より寿命が長いって本にも書いてあった! あのヘビ男だって、見た目は若いけど、86歳っていってたし、仮に寿命を削ってたとしても、あと2年でアランが死ぬなんて、絶対デタラメだ!!」

 そうだ! きっとデタラメなことを言って、俺から、シャルロッテさんたちを奪う気なんだ!
 だけど、そんな俺の言葉に魔王は

「ほぅ……人間界では、俺たちの寿命が勝手に長いと思われているようだな」

「え?」

「教えてやろう。俺たち魔族の寿命は、人間とそう変わらん。俺たちが、長く生きているのは、人間の魂を喰らっているからだ」

「……え?」

「魂を喰えば喰うほど、魔族は魔力が高まり、寿命が延びる。だが、アランはまだ子供だ。あの子は、まだ、人の魂を喰ったことがない。俺たち魔族は、14歳の時に大人の魔族になるための儀式を行う。その時、初めて人間の魂を喰うのだ。なぜだか、わかるか?」

「な、なぜって……」

「天界に住む天使たちが、清き人間の魂を看取(みと)り天国に(みちび)くように、魔界に住む俺たち悪魔は、人間界の悪しき魂を、地獄に送る役目を担っている。だが、更生する見込みのない凶悪な魂は、地獄には送らず、そのまま悪魔や魔獣たちの(かて)にし消滅させる。神様は、俺たち悪魔の中に、凶悪な魂を封じることで、悪が栄えることを食い止め、世界の調和とバランスを保ってきた。……だが、人間界で悪さをした(みにく)い魂は、未熟な子供の悪魔が食せば、精神を病んでしまう場合がある。だからこそ、心身ともに成長した14歳で、その儀式を行う。でも、アランは、魔術式に失敗したせいで、その年まで生きられない。だからこそ、今すぐ、あの人形たちを壊す必要がある」

「…………」

 ただ、呆然と魔王の話を聞いていた。

 悪魔が人の魂を喰う。その話は、花村さんが見つけてくれた本にも、少しだけ書いてあった。
 だけど、実際にそんな話を聞かされると、うまく飲み込めなかった。

 じゃぁ、アランも14歳になったら、人間の魂を喰うのか? いや、でもその前に、アランは……

「分かったら、早く、その人形達を渡せ」
「……っ」

 俺の銀の腕輪を見つめると、魔王は、更に俺に剣をつきつけてきた。

 呆然と座り込んだ俺の前には、鋭く光る(やいば)ある。だけど

「ッ……嫌だ!」

「じゃぁ、アランが死んでもいいのか」

「それも、嫌だ!!」

 ひっきりなしに嫌だって叫んだ。
 だけど、もうどうすればいいか、もう分からなかった。

 アランが、死ぬなんて嫌だ。
 だけど、あの二人を壊すのも嫌だ……!

(あんなに、大事にしてたのに……っ)

 アランにとって、シャルロッテさんとカールさんは『家族』だ。

 とても、大切にしていた。二人に似合う服を一生懸命考えて、一針一針、丁寧に縫って。それなのに……っ

(ぁ、……泣いてる)

 瞬間、腕輪の中から、すごく悲しい感情が伝わってきた。シャルロッテさんが、中で泣いているんだと思った。

 二人は、知らなかったんだ。
 自分たちが、アランの命を削ってるって……っ

「そうか、そんなに嫌なら仕方ない」
「……ッ」

 だけど、その後、魔王が呟けば、魔王は、手にしていた剣を消しさり、今度は、大きな(かま)を出現させた。

 俺の背丈と変わらないくらいのその大鎌(おおがま)は、死神が持っているような、真っ黒で不気味な鎌。

 そして──

「そんなに二人を壊したくないなら、代わりに、貴様の魂を差し出せ」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか、分からなかった。
 たま、しい……?

「貴様の魂は、アランと、とてもよく似ている。これだけ波長が似ていれば、まだ幼いアランの体にも、すんなり馴染むだろう。貴様の魂をアランに喰わせれば、あと10年は寿命が延びる。そうすれば、もうあの二人を壊さずにすむかもしれない」

「……っ」

 魔王の目は、本気だった。
 本気で、俺の魂を……アランに?

(っ……逃げなきゃ)

 そう思って、俺は足に力を込めた。
 立て、早く。
 だけど、体が思うように動かない。

「ハヤトくん、逃げろ!!」

 すると、今度は、腕輪の中からカールさんとシャルロッテさんが飛び出してきた。

「魔王様、もう、やめてください! 手を下すなら私達に!!」

 二人は、俺を助けるために、出てきたんだと思った。だけど、魔王は、そんな二人には目もくれず、今度は、魔法陣を出現させた。

 俺の下に現れた魔法陣は、黒く光りながら、たくさんの文字を刻んでいく。そして、魔王は

「邪魔をするな。この子供の命を一つで、全て元に戻るのだ。お前たちは、黙って見ていろ」

 そう、シャルロッテさんたちを静止させると、その後、頭上高く大鎌を構えた。

 切られるのだと思った。

 それが、身体なのか、魂なのかはわからなかったけど、どちらにせよ、それは俺自身の『死』を意味していた。

 そして、鋭く目を光らせた魔王をを見て、俺は、きつく唇を噛み締めた。

 元に戻る──確かにそうなのかもしれない。

 俺の魂を食べさせれば、アランは死なずにすむし、シャルロッテさんたちだって、壊さなくてすむ。

 だけど──

「元になんて戻るわけないだろ!!」

 苦しくて、悲しくて、必死の思いで声を張り上げれば、魔王は再び俺をみつめた。

「なんだと?」

「元になんて戻らない! だって、ここで俺の魂を奪っても、アランは絶対に、俺の魂を食べない!!」

 ハッキリとそう言えば、その場の空気が一気にざわつき出した。

 側にいる魔族たちは、みんな驚いているみたいだった。だけど、これだけは言っておきたかった。

「アランは、絶対に俺の魂を食べない! アイツは、友達を大切にするやつだ! これまでも、何度も俺のことを助けてくれた。花村さんが攫われた時は、自分を犠牲にしてまで、俺たちを助けようとしてくれて……そんなアランが……そんな優しいアランが、友達(オレ)魂を喰うわけないだろ!!」

 たった一ヶ月だったけど、俺たちは『友達』だった。

 例え、寿命が延びるとわかっても
 例え、家族が無事でも

 『友達の魂を食え』と言われて、平気でいられるようなやつじゃない。

 アランは、魔王の息子で、魔界の王子で、魔法を使わせたら、すごくおっかないやつけど、
本当は、誰よりも家族思いで友達思いな

 ──優しい悪魔だから。

「だから、元になんて戻らない……! アランは、そんなの望んでない! なんでだよ! なんで、アランの気持ち無視して、勝手に決めるんだよ! 心配なら心配だって、直接アランに言ってやればいいだろ! 守ってるつもりで、一番アランを傷つけてるのが誰か、なんでわかんねーんだよ!!」

「……っ」
 
 涙が溢れそうになるのを必至に堪えて、俺は叫んだ。

 アランのことを考えたら、すごく苦しくなった。

 自分の父親に、友達の命を奪われて、それを食えなんて言われたら、アランはどんな気持ちになるだろう。

 俺だったら、絶対、耐えられない。

 だけど、俺の言ったその言葉に、魔王の顔が微かに曇った。

 鎌を持ったまま、動かなくなった魔王は、なんだかとても、悲しそうな顔をしていて……
 

 ──ガシャァァァァン!!!

 だけど、その時、広間の窓が大きく砕け散った。

 空間を切り裂くように、突如、ひびきわたったガラスの音。その音に、俺たちは一斉に上空を見上げた。

 すると、割れたその窓から、白馬が飛び込んできたのが見えた。

 アランと花村さんをのせた、ペガサスが──

冥界(めいかい)の王よ! 我が血と盟約(めいやく)のもと、その命に(したが)え! 黒の書・第九十九番──刺突の剣(エスパダ・ロペラ)!』

 アランが、馬上から呪文を唱えると、その瞬間、黒い魔法陣から細長い剣がでてきた。

 1mくらいの漆黒な剣。

 そして、旋回してきたペガサスから颯爽と飛びおりたアランは、頭上から、まっすぐ魔王に切りかかった。

 
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