聖女となった悪女は隣国の王弟殿下に溺愛される




 キラキラ輝くこの場所が、ずっと嫌いだった。
 
 嫌でも聞こえてくる陰口に、感じる多くの視線。
 隣にいるはずの婚約者は入場してすぐ私から離れ、私ではない女性の隣に立っている。


 面白くないわ。何もかも。


 別に、ドレスの色が被ったから腹を立てたのではないの。自分より爵位の高い人間(わたし)を貶すような言葉をわざわざ聞こえるように言っていたから腹を立てたのよ。


『惨めですわね。婚約者である皇太子殿下は聖女様に夢中で……私だったら耐えられないわ』


 知っているわ、そんなこと。誰よりも私が一番。
 でも、だったら何? なぜそんなことを皇太子(かれ)の婚約者候補にすら名が上がらなかった女に言われなきゃいけないの?


 だからかけたの。彼女に、持っていた赤ワインを。
 もっと、限りなく黒に近い赤に染まった方がお似合いだと思ったから。ドレスも、心も。
 






「失礼するよ。リーチェ、こんなところにいたら体を冷やす」


 ひとり、バルコニーで黄昏(たそがれ)る私に声をかける人物など“彼”以外にはいない。
 私は振り向くことなく、視界いっぱいに広がる月夜に照らされた庭を眺めながら言葉だけを返す。


「……こんなところに来るなんてどうしたの? わざわざ悪女に会いにいらしたのかしら?」


 自傷を込めてそう言えば、彼は軽く笑って言葉を続ける。


「そうだね。不器用な可愛い悪女に上着を掛けてあげようかと思って」
「あら、てっきり私を酔わせに来たのかと思ったわ」
「キミはこの程度では酔わないだろう?」
「分からないわよ? もしかしたら頬を赤らめてあなたに抱いてと(すが)るかもしれないわ」
「ふむ。それはそれで悪くないね」
「……冗談よ」


 そう言って彼からグラスをひとつ受け取り、カチン、と小さく音を立てて乾杯する。
 この光景だけを切り取れば、もしかしたら相手が私なんかでもロマンチックに見えるかもしれない、そんな場面(シーン)


「リーチェは本当、不器用だよね」
「不器用なんかじゃないわ。ただの性格の悪い女よ。『悪女』って、みんな私のことをそう言ってるわ」
「それは見る目のない者たちの、可愛いリーチェに対する嫉妬だろう」
「嫉妬、ねぇ。そうかしら? それに私に“可愛い”なんて言うのもあなただけよ」
「それはむしろ光栄だね。キミを可愛いと思うことも、可愛いと言うのも。俺だけの特権だ」


 そう言って彼は私の肩に自分の羽織っていた上着をかける。
 つい数秒前まで羽織っていた彼のぬくもりが私の冷えた体を包み込み、どこかほっと安心する。


 ありがとう。と、小さくお礼を言えば、彼は「ほら、やっぱりキミは可愛い」と笑顔を浮かべた。


 彼と過ごすわずかな時間が好きだった。つまらないパーティーも彼がいたら耐えられた。

 そこに恋愛感情はない。私の唯一の友人。……いえ、親友と言ってもいいかもしれない。
 気を遣わずに何でも話せる相手。

 私の唯一、呼吸ができる時間。






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