忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「絢子さんの件、何か聞いている?」
少しだけ渋い顔になって慎之介先生が私を見ている。

「いえ、きちんと話は付けたからとしか」

絢子さんに対してかなり怒っていたのは知っているけれど、任せてくれと言われてその後は何も聞いていなかった。

「田所先生の後援会を降りたらしい」
「それって・・・大丈夫なんですか?」

政治家と企業はお互いに利害関係があるから付き合いをしているわけで、ましてやお父様は絢子さんを尊人の結婚相手にと考えていた。
簡単に切れる関係ではないと思うけれど。

「いくつかの事業がとん挫するのは間違いないし、MISASAとしては減収にはなるだろう。でも、それ以上に尊人には譲れないものがあったってことだろうな」

譲れないもの。それは私と凛人ってことだろう。

「沙月ちゃん」
「はい」
珍しく真剣な声の慎之介先生に呼ばれ、私は返事をした。

「尊人はああ見えて不器用なところがあるんだ。ずるいことができないから損をすることもあるし、正直すぎて痛手を負うこともある。どうかあいつのことをよろしく頼みます」
テーブルに手を突き、頭をさげる慎之介先生を私は初めて見た。

これはきっと、友人としての言葉なのだろうと感じた。
だからこそ、
「承知しました」
私も同じく頭を下げた。

ブブブ ブブブ
スマホの着信。
見ると相手は尊人だ。

「あいつだろ?」
「ええ」

きっと早く帰って来いって催促だろうな。

「俺に誘惑されていないかって心配なんだよ」
「そんな・・・」
と笑ってごまかしたけれど、見当違いでもないところが怖い。

私は旦那様の機嫌が悪くならないうちに帰った方がいいだろうと、金田法律事務を後にした。
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