忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「ごめん、話の途中だったね」
「あの、どなたか専属の秘書はいないんですか?」
電話が終わり、尊人さんが部屋の中の説明を再開しようとしたけれど、私の方が遮ってしまった。
これだけの大企業ならそういう人がいるのが普通だと思う。

「だから、君に僕の秘書として勤務してもらいたいんだよ」
「ちょっと待ってください。私に秘書なんて無理です」

そんな経験もスキルもない。
ましてやMISASAほどの大企業の副社長秘書なんて務まるはずがない。
尊人さんもどうかしているわ。

「正直、秘書がいなくて困っていたんだ」
「ですから私には無理ですって」
「難しく考えなくても、慎之介の所でやっているようなことをしてもらえばいい」
「そんなこと言ったって・・・。それにMISASAほどの大企業なら優秀な秘書さんがたくさんいるんじゃないですか?」

さっきもきれいで仕事のできそうな女性たちが重役フロアの中を歩いていたじゃない。
あの中から1人異動させれば済むことでしょう。

「ここ数カ月で何人か配属になったんだが、みんな父の息のかかった人ばかりでね。仕事よりも俺のことに興味があるらしく仕事にならない」

確かに、MISASAの御曹司。それも独身でイケメンとなれば、心が動くのかもしれないな。

「そう言えば、結婚していないんですね。あの頃噂のあった政治家令嬢はどうなったんですか?」

私のもとにわざわざやって来て別れてくれって詰め寄った女性を思い出して、聞いてみた。

「アメリカへ行った時点で立ち消えだよ。仕事が忙しくて結婚どころではなかったからね」
「そうでしたか」
尊人さんのアメリカ勤務は本当に大変だったんだ。

プププ プププ。
また電話だ。

プププ プププ。
おかしいな、今度は尊人さんが動かない。
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