忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「そうだ、沙月に頼みがあるんだ」
午後の時間、仕事が少し落ち着きコーヒーを出した時に声をかけられ足が止まった。

「何、ですか?」
頼みだなんて言われると悪い予感しかしなくて、思わず身を引く。

「今度土曜日に財界の懇親パーティーがあるんだ。悪いが同行してもらいたい」

懇親パーティー。
おそらくそれは仕事の付き合いなのだろう。
仕事を覚えたいと思っている私からすると、同行したい気もする。
でもなあ・・・

「取引先との顔つなぎも仕事のうちだし、できれば行ってもらいたいんだがどうだろう?」
「そうですねえ」
働いている以上は行くべきだろうと思うのだが・・・

「子供のことが心配なら、俺の方でシッターを手配するよ」
「ダメですよ。そんなことまでしていただくわけにはいきません」

そもそもシッターを雇って仕事に出たのでは何のために働いているのかわからない。
もしどうしても預けないといけないのなら、母さんに頼もうと思う。
仕事と言われれば断りにくいけれど、土曜日かあ・・・

子供を育てながら平日フルタイム働いている私には週末のルーティーンがある。
普段はできない部屋の掃除をしたり、凛人のお弁当や晩御飯のための作り置きストックを作ったり、そのための買い出しだって必要になる。
土曜日は部屋の片づけをしてから、凛人と二人で買い物に行くと決めている。
凛人も楽しみにしているはずだから、がっかりするだろうな。

「やっぱり無理なのか?」
尊人さんの心配そうな顔。

「いえ、何とかします」
仕事ですから。
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