秘密の授かり出産だったのに、パパになった御曹司に溺愛し尽くされています
怒られまいとそそくさとエプロンのポケットにスマホをしまいこみ、

山根さんの指示にあった第二ホールを目指して、私は台車に乗せた薔薇の入った袋を急ぎ足で運んだ。

今日の午後からこの高級ホテルで、日本有数の生命保険会社であるHappit生命の創立50周年パーティがあるのだそう。

そこでイベントの主催者が、都内の老舗花屋であり、昔から交流のある貴船フラワーに空間プロデュースを依頼したのだ。
貴船フラワーは、店舗の販売とは別に、会場ディスプレイや著名人の家の生け花を請け負っており、従業員は私を含めて二十人近くいる大型店だ。

今回のセッティングは昨日のうちに済んでいたのだけれど、当日にしか設置できない花などもあったり、最終確認もしなければならないため、担当ではない私も駆り出された。

「瀬名、次に白薔薇を全部運んできて。その後帰りしなに、こことあそこのバケツを持って帰って」

「了解です! 急ぎますね」

「頼むよ~、戻ったら全員にうな重弁当をプレゼントするからさ」

貴船店長は貴船フラワーの二代目店長で、もうすぐ還暦の年齢だ。
眉間の皺が深く刻まれているから、少し怖い印象はあるけれど、内面はお客様と従業員想いの優しい男性(ひと)
シングルマザーであり、フラワーアーティストになりたいと面接で告げた私を、正社員として雇ってくれたのも店長だ。

彼が真剣な表情で私が運んだ真っ赤な薔薇を花瓶に生けている後ろ姿を確認し、踵を返す。



やっぱり、薔薇はいいな。


台車を轢きながら来た道を急いだ。
切なく締め付けられた心臓の鼓動が、少しだけ速くなっているのを感じながら。

私は……薔薇を見ると、いつも説明しようがない複雑な感情が湧いてくる。
理由は、ただひとつ。

『薔薇は、あなたが好きですって意味……だろ?』
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