この世界に最後の花火を

私の叶わぬ願い

あっという間に夏休みが終わり、今日から再び学校へと登校する日々が始まる。

随分と前のようにも感じるが、花火大会の日は彼に家まで送り届けてもらったおかげで、安心して家に帰ることができた。もちろん帰りもずっと手を繋いだまま。

あの日から私の夏休みは大幅に変化した。最初のダラダラ過ごしていた1週間が嘘だったのではと思うほど、遊び尽くした。大半が冬夜との日々だったけれど、親友の千紗と日向ともそれなりに遊んだ。

親友の2人には私たちが付き合ったことを報告すると、なんとあちらも夏休み中に付き合ったらしく驚いた。幼馴染という関係が崩れてしまうことを少し心配したが、私たちの関係性は何ひとつ変わることがなかった。

私だけ除け者にされたらどうしようと思っていたが、いらぬ心配だったようだ。

『今度はダブルデートだな!』と嬉しそうに笑っている日向と、恥ずかしそうに笑っている千紗が私の親友で本当に良かったと実感した。でも、そんな2人にも私はまだ自分のことを言えずにいる。

余命が迫るたび、私はどうしたらいいのかわからなくなってくる。伝えるのが正解なのか、このまま隠し続けるのが正解なのか。私にはどちらも正解のような気がしてなかなか決心ができない。

もうすぐ秋に季節が移り変わろうとしているのに...

「お母さん、いってくるね!」

「はーい、気をつけてね〜」

何気ないどこにでもありふれた普通の生活風景。こうして両親と挨拶を交わせるのは何回残されているのだろう。手では収まりはしないだろうが、数えることは可能なくらいに違いない。

スカートの裾を夏の終わりの涼しげな風がいたずらをしてくる。パタパタと揺れるスカートを手で押さえながら、一歩一歩前へ進む。

1週間前までは、ギラギラと私たちを照らし続けてきた太陽が今は、すっかり勢いを失ってしまっている。ギラギラというよりもキラキラに近いかもしれない。

歩いているだけで汗ばむような日差しは感じられない。もう完全に太陽まで秋仕様になっているみたい。

電線の上に止まっているカラスたちが、一斉に青く染まった空へと飛び立っては、地上に降りて人間がもたらしたゴミを荒らしさっていく。狭い道路の真ん中に無残に散らばるゴミ。

カラスは知能が高いと言われているが、こうして見ると本当に頭がいいのだなと思ってしまう。人が近くにいると空へ帰り、いなくなると地上へと戻ってくる。

彼らはなんのために生きているのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう自分に嫌気が差す。

「おはよう、火花」

自然と隣に並んで歩く大きな影が私を覆い尽くす。太陽の光がすっぽりと隠れてしまうくらい私と彼の身長差は大きい。確か彼の身長が181㎝だから、大体26㎝差。

「おはよう」

私たちは付き合うようになってから毎朝ともに登校をする約束をした。彼の家は私の家から徒歩10分ほどの場所にあるらしく、学校までは歩くと20分弱かかる。自転車なら10分もかからないはずなのに、こうして私と徒歩で登校してくれるのは、彼の優しさだろう。

「すっかり秋らしくなってきたね」

「うん、そうだね」

「今日さ、小テストあるんだってね」

「うん」

「今日、4時間授業だってね」

「うん」

「冬夜、どうしたの?」

「なにが?」

「今日は4時間授業じゃないよ。普通に6時間授業だよ」

「あー、そうだったね」

彼の様子がいつもと違う。いつでも私の話を漏らすことなく聞いてくれる彼がこんな適当な返事をするはずがない。それにさっきから彼の額に汗がじんわりと浮き上がっている。

秋に変わったばかりでまだ涼しくはないけれど、こんなに汗をかくわけがない。中には汗かきの人もいるかもしれないが、彼は汗かきではない。夏の間ほぼ一緒にいたが、彼が汗をこんなにかいている日はなかった。

夏よりも明らかに気温は低下しているのにこの量の汗。明らかにおかしい...

「ねぇ、冬夜。もしかして、体調悪かったりする?」

「よくわかったね・・・さすが僕の彼女。実は今朝から頭が痛くて。僕片頭痛持ちで、よく頭が痛くなることが多いんだ」

知らなかった...冬夜が片頭痛持ちだなんて。これまでも彼は我慢して笑っていたのではないか。私に心配させないために無理をすることを彼なら平気でしてしまいそう。

「今日は学校休んだら?無理しない方がいいよ」

「いや、学校には行くよ。時間がないから・・・」

「時間?あ、確かにもうこんな時間だ。焦らずゆっくり行こうね」

「ありがとう火花」

今度は私が彼を引っ張っていく番。彼の手を取り、ゆっくりと足並みを揃えて学校へと向かっていく。相当辛いのか私の手を握る彼の手は少しだけ痛かった。

教室に着いたのはチャイムが鳴る2分前。当然クラスメイトたちは私たち以外は珍しく揃っていた。

「おはよう。今日は遅かったね、火花」

「おはよう、千紗。千紗は今日も日向と飛ばしてきたの?」

「やめてよ、飛ばしてきたって言い方!あいつ速すぎて毎日死にそうなんだから」

「ごめんごめん。相変わらず二人は元気で羨ましいよ」

皮肉で言ったつもりではないが、つい元気に動けるニ人が羨ましくて本音が漏れてしまう。

「えー、私はのんびり歩いて登校できる二人の方が羨ましいよ」

「そうかな・・・」

教室の前方では日向が男子に囲まれながら、楽しげに大声で笑い合っている。誰とでも隔たりなく接することができるのが、日向のいいところ。それに日向はクラスのムードメーカーなので、日向が休んだ日は教室がお葬式のようにもなる。

「あいつなんであんなに元気なのよ。疲れってものを知らないのかね」

「日向は昔から疲れ知らずじゃない?一番千紗がわかってるでしょ」

「そうだけどさ、高校生にもなったのに頭の中は小学生って感じなのよね」

「ま、それも日向のいいところじゃない?」

「それもそうだね。元気を取っちゃったら、何も残らないだろうしね」

なかなか辛辣な千紗。でも、だからこそあの二人はいい感じにバランスが取れているのかもしれない。

隣にいるはずだった彼がいつの間にか自分の席で、顔を隠すように伏せて寝ている。少し不安になってしまうが、今はそっとしておこう。彼の邪魔をしないように静かに椅子を引き、席に腰掛ける。

「よし、席につけー」

先生が教室に入ってくるタイミングで、チャイムが鳴り響く。まるで、意図して入ってきたかのようなタイミングすぎてクラス中から歓声が上がる。

当の本人は偶然だと言い張っているが、果たしてそれは本当なのか先生にしかわからない。

「おぉー、今日は珍しくみんな出席しているな。今日は何かいいことがあるかもしれないな」

「もしかして、先生が何か買ってくれたりする?」

真っ先に声を上げたのは、もちろん日向だった。勢いよく座席から立ち上がり期待に満ちた目で先生を見つめている。

彼以外は誰も期待してはいないのに、日向だけは単純すぎて困る。それが彼の良さでもあるのだが...

「そうだな。今日の授業を古川が一度も寝ずに授業を受けれていたら考えておいてやろう」

「えー、マジで!先生、俺頑張るわ」

この時、日向以外のクラスメイトたちの考えが一致したのは言うまでもないだろう。

一時間目は現代文の授業。今は夏目漱石の名作『こころ』の勉強をしている。内容はなかなか難しいが、理解できれば面白い。それにこんなに様々な憶測が飛び交う作品はそうそうないので退屈にならない。

"グガガガァァ"何処からともなく誰かのいびきが聞こえてくる。授業中にいびきをかきながら寝るやつは私たちのクラスには一人しかいないが...

「こらー!古川、寝るのは仕方ないとは言え、いびきをかくんじゃない。うるさくて授業に集中できんわ!」

普段は温厚なおじいちゃん先生が、珍しく日向の耳元で大声を上げている。それでも、起きることのない日向。

「先生、私が起こします」

「おぉ、不和すまんな。よろしく頼む」

"バチィィィンッ!"

途轍もない破裂音が教室中に響き渡る。かなりの勢いで千紗に頭を叩かれる日向。

「いっっってー!!」

日向の声が教室中に響き渡ると同時にクラスがどっと笑いに包まれる。その後、日向は先生にも叱られていたが、すぐさま眠りに落ちてしまった。本当にどうしようもない...

それに先生もいびきをかかなければ、寝てもいいとさっき宣言していたのでいいのかもしれない。つっこみたくなるようなことばかりで疲れるが、嫌いではないこの空間。

あんなにもクラスが騒がしかったのに、私の隣に座っている冬夜は一向に顔を上げない。そんなに頭痛がひどいのだろうか。ここまでくると流石に心配より不安が優ってしまう。

一時間目の現代文の授業が終わり、10分間の休憩時間になる。冬夜を保健室に連れて行こうと思い、肩を叩くが反応がない。

「冬夜、保健室に行こうよ」

「・・・・・」

返事が返ってこない...もしかしたら寝ているのではなく気絶しているのでは。

「冬夜、大丈夫なの?」

肩を叩きながら彼の耳元で声をかけ続ける。

「あぁ、火花。ごめん、少し寝てたみたいだ。まだ頭痛いから保健室で寝てくるわ」

ゆったりと立ち上がった彼は、重そうな足取りで教室の後方から出ていこうとしている。

「冬夜、一人で行ける?」

「大丈夫だよ、保健室くらい一人で行けるさ」

彼の顔は笑顔だったけれど、辛さで歪んでいるように見えた。どうして私は彼を一人にしてしまったんだろうか。彼はいつでも私の側にいてくれたのに。

この日、彼をもう一度見ることはなかった。彼は保健室に向かう途中で意識を失い、救急車で病院へと運ばれてしまったんだ。

私がその知らせを知ったのは、彼が倒れてからニ時間後のお昼休みだった。お昼休憩になり、心配で保健室に向かおうとしていた最中、担任の先生が教室に飛び込んできた。

普段ならなかなかあり得ないことに、私は冷や汗をかいてしまった。大体こういう時に限って私の予感は当たってしまうのだ。案の定、先生の口から出てきた言葉は『彼が倒れた』というものだった。

それからの授業内容は全く覚えていない。なんの教科だったのかすら私の記憶には存在しなかった。そんなことよりも今の彼の体調のことが、気になりすぎてそれどころではなかったんだ。

放課後になると、私は一目散に教室を後にした。当然走ることはできないので、早歩きで。千紗と日向にも何かしら声をかけられたが、私の耳には全く届かなかった。

全ての音がただのノイズ音にしか聞こえていなかったんだと思う。学校の最寄りのバス停から、彼が運ばれた病院を目指す。事前に先生には彼が運ばれた病院を聞いておいたので、迷うことなく向かうことができるだろう。

バスが来るまでの数分間。数分間なのに、私には何時間も待たされているようにも感じてしまう。いくら私が焦ったところで事態は何も変わることがないのに。そのことを私が一番知っているはずなのに...

この時だけはどうしても焦らずにはいられなかった。

バスが時間より2分遅れて到着し、急いでバスに乗り込む。ステップを登り、普段バスには乗らないので切符を抜き取る。一刻も早く降りたかったので、出口から一番近い席に腰を下ろす。

『発車します』

バスの無機質なアナウンスが車内に流れると同時にゆっくりとタイヤが周り、車体が前へと進んでいく。窓の外に映る穏やかに変わりゆく景色を横目に、私の心は縦横無尽に渦巻くように荒れ狂っていた。

換気のためか窓の上部が少しだけ空いている。その隙間から流れてくる秋の優しい匂い。完全に癒やされるわけではないが、ほんのちょっとだけ心が安らぐ。

『・・・病院前、次止まります』

「ついた・・・ここに」

バスを急足で降りて、病院のロビーへと向かう。私の前に大きく聳え立つ真っ白な病院。私にとっても嫌な記憶しかない場所。

自動ドアをくぐり抜け、ロビーに向かう途中であることに気がつく。

ここは、私が通院している大学病院。

気が動転していたこともあって、先生に病院名を言われたときは全く気が付かなかった。

「あの、ここに柊冬夜さんが運ばれてきませんでしたか?」

受付のお姉さんに彼の病室を聞く。

「柊・・・あ、冬夜くんね。ごめんなさいね、彼は今面会謝絶なのよ」

申し訳なさそうに眉をへの字に謝るお姉さん。そんなに彼の今の状況は酷いものなのだろうか。

「か、彼は今そんなに大変な状況なんですか!」

勢い余って受付に身を乗り出してしまう。当然受付にいたお姉さんたちは驚きのあまり体を後ろに仰け反らしてしまっている。

「いえ、ただ今は安静にしとこうと先生が仰っていたので・・・」

「そうですか」

「彼は病気とかではないですよね?」

「プライバシーになってしまうので、これ以上はお話しすることができません。申し訳ないです。それに、火花さんも彼には知られたくないですよね。第三者を通して真実を」

「どうして、私の名前を?」

「先生が彼女は強い子だと話されていたので、つい覚えてしまいました。詳しくは聞いてないですが、なんとなくわかる気がします」

あれからこの病院には何度も通い続けたこともあり、先生とは友達のように話せる関係になっていた。ちなみに先生の名前は日暮(ひぐらし)というのだが...

なかなか珍しい苗字で最初は覚えるのに苦労した。でも、蝉のひぐらしと頭の中で認識することで自然と覚えていった。今となっては、先生を蝉に例えていたのは失礼だったと思うが。

結果的に覚えることができたので、良しとしよう。

「そうなんですね、先生がそんなことを・・・もしかしてお姉さんも私の余命のことを知っているのですか?」

「はい、もし火花さんが入院することになったら私が担当の看護師になることになっているので・・・そうなって欲しくはないですけどね」

苦いものを口にしたかのような辛さを含んだ笑顔だった。不覚にもこの人なら担当になってもいいなと不思議と思ってしまった。

「その時はお願いしますね。今日はありがとうございました」

彼女にお辞儀をし、再び外へ出るための自動ドアを通り抜けていく。

彼に今日は会うことができないので、付き合った数日後に交換した彼の連絡先にメッセージを入れる。最初からメッセージを入れておけばよかったものの、気が動転しすぎてそのことすらすっかり忘れていた。

携帯の液晶をフリックして彼にメッセージを打つ。

『体調は大丈夫?もし、連絡返せるようになったら一言でもいいから返信してください』

流れるように歯止めなく綴られる言葉たち。心配のしすぎは重いかもしれないと思い、比較的内容は軽めにしてみた。本当はまだまだ言いたいことがあったが、ここは我慢するべき。

秋の小風に髪の毛が流れるように右へと靡いていく。私の黒く長い艶のある自慢の髪の毛。この髪の毛だけは死ぬまでこのままであってほしいと願っている。

抗癌剤治療にでもなったら、私は躊躇ってしまうかもしれない。私の唯一のチャームポイントまで失ってしまうのは...あまりにも酷だ。

帰りもバスに乗り、家に着いたのは18時42分だった。バスに乗っている間も、バス停から家まで歩いている間もずっと携帯を手放すことはなかったのに、いつまで経っても携帯に通知がくることはなかった。

私と彼のメッセージ画面には、既読すらついていない16時24分に送った私のメッセージだけが残っている。嫌なことばかりが頭の中を駆け巡っていく。

結局、夕飯になっても入浴の時間になっても一向に返信は届かず、時間だけが無常にも過ぎていった。時間の経過と共に私の中では心配が募っていく一方。

どうしようもできない自分のもどかしさについイライラしてしまう。

もういっその事寝てしまって、気持ちをリセットしようと思ったところで、携帯の通知が鳴る。電気を消した暗い部屋に灯る携帯の明るい画面。

表示された名前は彼のものだった...

急いで彼からのメッセージに目を通す。嬉しさのあまりベッドの上で寝ていた体を起き上がらせて、携帯をこれでもかというくらいの距離で見つめる。

『心配かけてごめん。ついさっき目を覚ましたばかりだったんだ』

彼からの返信が来たことへの安堵と嬉しさで涙が出そうになる。いつの間にか彼は私にとって大事な人になっていたんだ。

『よかった。返信来ないんじゃないかって不安になってた』

『ほんとごめんね。できたらでいいんだけど、今から電話できたりする?病室だからそこまで長くはできないけど』

『できるよ!かけてきていいよ』

彼と話せることが嬉しくてつい食い気味に返事をしてしまう。思っていたよりも彼は元気そうでよかった。

メッセージを送った数秒後に携帯からコール音が鳴り響く。

通話ボタンを押し、彼との遠距離の会話がスタートする。

「もしもし」

"あぁ彼の声だ"としみじみ実感してしまう。数日ぶりに彼の声を聞くような感覚。

「もしもし、冬夜?」

「火花・・・心配かけてごめんよ。さっき目が覚めたばかりで」

「もう体調は大丈夫なの?」

「もう大丈夫だよ。熱があったみたいでさ、頭痛の原因はそれだって言われた。体調悪い時はしっかり休めだって。とりあえず、明日まで病院で入院しないといけないらしいから、明日は学校休むね」

「そっか、寂しいけど仕方ないね。病気とかじゃなくて本当によかった・・・明日お見舞い行くね」

「火花いつからそんな僕にぞっこんになったの?」

「え、恥ずかしいからそんなこと言わないでよ」

いつからだろうか...花火大会の日?いや、もっと前からかもしれない。もう今では彼のことしか頭にないくらいいっぱいに埋め尽くされている。

「嬉しいな。僕も愛されているんだね。ま、僕も負けてないけどね!」

「いや、私の愛の方が強いよ!」

静まり返る夜に堪えながら笑い合う2人の声。みんなが寝静まってコソコソと話しているからか、妙にこのシチュエーションにドキドキしてしまう。

彼にまでこの鼓動音が聞こえていないか違った意味で心配になる。

「眠くない?眠かったら寝てもいいからね」

「冬夜の声聞いたら、安心してちょっと眠くなってきたかも・・・まだ話してたいけど・・・」

先ほどから意識とは裏腹に瞼が上がったり落ちたりを繰り返している。そろそろ限界が近いのかもしれない。

「僕もまだ話していたいけど、眠いなら仕方ないよ。明日お見舞い来てくれた時にたくさん話そうね」

優しく私の耳元で囁く彼の声。どんな音楽よりも睡眠を促進させてくれる効果があるに違いない。きっと世の女子たちもそう思っているはず...好きな人の声は眠気を誘うと。

「もう限界みた・・・い。おやすみ、冬夜・・・」

「おやすみ火花」

「・・・・・」

「寝たのかな・・・ねぇ、火花。僕は君に出会えて、好きになってよかった。大好きだよ・・・それと、ごめんね」

その後に携帯から聞こえてくる通話の終わりを告げる寂しげな音。夜の闇に飲まれていくように、冬夜の言葉もひっそりと消えていく。

秋の夜空に浮かぶ欠けた月が、カーテンの隙間から寝ている火花の顔を照らし続ける。同時刻にとある病院の一部屋では誰かが啜り泣く声だけが、怖いくらいに静まっている病室に漏れていた。

翌日、学校帰りに彼の病室に立ち寄るとすっかり元気な様子で出迎えてくれた。前日に倒れた人とは思えないくらいに。

「元気そうでよかった」

「火花の顔を見たら元気になっちゃったよ。火花の笑顔は僕にとって万能薬かもしれない」

「大袈裟だな〜」

「いや、本当だよ。これからも笑顔でいてね」

なぜか、他人事のように聞こえてしまう。まるで、私の隠していることを知っているかのように。

「当たり前だよ、だから早く戻ってきてよ。一人登下校は寂しいから」

「わかってるよ。早く明日になってほしいな」

「そうだね、日向と千紗も冬夜のこと待ってるしね」

冬夜と付き合ってから、四人で過ごすことが増えた私たち。日向と千紗も冬夜と仲よさそうに話している姿を見ると、私まで嬉しくなってしまう。本当なら、この四人で二十歳になりたかった。

でも、それはどう頑張っても敵わない夢。だから私はそれまでに少しでも多くのものを残さないといけない。この世に私はいたんだという証を。

この三人には、『記憶』として私のことを忘れないでほしい。いつかは薄れてしまう記憶であっても、この三人だけにはどうか...

「あと少しで冬だ」

「そうだね、あっという間だったね。私たちが会った春がついこの間のように感じるや」

「もし、僕が火花の隣の席にしていなかったらこうして話してなかったかもね」

「あの時は、『何この人』って思ってた。どうせ関わらないし、どうでもいいやって」

「なかなか辛辣だね。そう思われてたなんて微塵も感じなかった」

「冬夜って意外と鈍感だからね」

「僕って鈍感なんだ」

なぜか嬉しそうに笑う彼。その笑顔を見ているだけで心の内側がぽかぽかと温かくなっていく。この笑顔を誰にも渡したくない。私以外の人に向けないでほしい。

でも、彼には誰よりも幸せになってほしい。私が死んだあと他に好きな人を作って、結婚して、子供が産まれて、幸せな家庭を築いてほしい。

そして、おじいちゃんになってこの世に未練なく亡くなった時、彼の人生を事細かく天国で疲れるまで聞き続けていたい。それが、今の私の夢であり叶えたい願い。

そのくらいの願いなら神様も叶えてくれるだろう。叶えてくれないなら私は死んでも恨み続けてやる。

もうすぐ、秋が終わり寒い冬が訪れる。この冬が私と彼の運命を変えるなんて、私たちは全く思ってすらいなかった。二人の人生が大きく変わる転機がそこまで迫ってるなんて。

冬に雪が地面に降り積もっていくように、私の体も少しずつ季節が変わるごとに病が進行していたんだ。





































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