悪役令嬢にならないか?
「そういう冗談はおやめください。慣れていないのです」
「ごめんごめん。それで、君が気を急かせるなんて珍しいね」
「あ。そうですね。今日でウォルグ様とこのようにお会いできるのが、最後だと思ったらつい……」
「そうか。今日で最後になるな。なによりも、明日で卒業だ」
 金色に輝く目は、どことなく寂しそうに細められた。
「はい。ですから、最後にウォルグ様にお伝えしたいことがありまして」
 リスティアは一通の封筒をウォルグの前に差し出した。
「ウォルグ様と出会えて、本当に充実した日々を過ごすことができました」
「その卒業パーティーだが……」
 ウォルグは、リスティアから封筒を受け取ると、躊躇いがちに切り出した。
「君のエスコート役は、決まっているのだろうか?」
「はい」
 リスティアが力強く頷くと、ウォルグは顔をしかめる。眉間に深く皺が刻まれた。
「兄に頼みましたので」
 彼女のその言葉で、ほっと彼の顔は緩んだ。
「そうか……。よかったら明日、僕と一曲踊ってくれないか?」
「ウォルグ様とは、一緒にダンスを練習しましたので。わたくしがどれだけ上達したかを見てもらうのも悪くはないですね」
 そこでリスティアは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「ウォルグ様にご指導いただきました『悪役令嬢』を立派に務めさせていただきます」
 リスティアは深く頭を下げた。
 だが、ウォルグが口にしていた悪役令嬢として足りないものが気になっていた。彼はそれを用意してくれるのだろうか。
< 30 / 56 >

この作品をシェア

pagetop