「孤高の悪女」で名高い悪役令嬢のわたしは余命三か月のようなので、最期に(私の想い人の)皇太子の望みをかなえてあげる予定です。なにか文句ある?
「エリーザ、もう気にするな」
「そうよ、エリーザ。あなたには本があるでしょう?」

 シェーナー伯爵夫妻は、彼女を間にはさんで慰めている。しかし、彼女は泣き止みそうにない。

「許せないのです」

 彼女のくぐもった声がきこえてきた。

「わたしのことを皇太子妃にふさわしくないだとか、あるいは力量不足だと誹謗中傷されるのならまだ納得出来ます。しかし、あの名著『果てしなき大陸の果て』や『永遠の教え』をバカにしたのですよ。焚書にすればいいだなんて、焚書の意味も知らない人にそんなひどいことを言われる筋合いはありません」

 なるほど。

 どうやら彼女は、自分のことではなく本のことで怒ったり悲しんだりしているみたい。さすがは「本の虫」、と呼ばれているだけあるわね。

 俯いて笑ってしまった。

 だけど、彼女にしてみれば真剣よね。

 たしかに、焚書というのは政治権力によって思想や言論を統制する策の一つ。彼女があげたタイトルの書物は、ただの小説。若いレディたちを統制するつもりならいざ知らず、思想や言論に関わるものではない。

 彼女にそんなバカなことを言ったのがだれなのか、想像に難くない。
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