人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

「大丈夫ですよ。少しずつ慣れていきますから。ご心配には及びません」
「慣れ……?」

 侍女のリアはイレーナが戸惑っていると思ったのだろう。実際そうだが、彼女の口ぶりからすればこれからも頑張ってという意思が伝わってくる。

「さあ、湯浴みをいたしましょう。汗をかかれてしまいましたでしょう?」
「う、うん……」

 使用人たちに支えられて風呂場(バスルーム)へ向かうイレーナ。
 昨夜のことを思い出して複雑な気持ちになる。

(ああ、死ぬほど疲れたわ……みんな、こんな大変なことをしているのね)

 薔薇の花びらが浮かぶ湯舟(バスタブ)に浸かると「はぁ~」とため息をもらした。
 そして、ぼんやり天井を見つめて思う。

(正直、命があるのが不思議でたまらないわ)

 母との約束はすべて破ってしまったのである。
 イレーナは騒ぎ、狼狽え、ついに爪を立ててしまった。
 どうなることかと思ったが、そのたびにヴァルクは優しく頭を撫でてくれたのである。

(でも、結構よかったわ……)

 身体中が痛くてたまらないが、悪くなかった。
 それどころか、不覚にも幸せな気持ちになれた。



< 26 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop