偽る恋のはじめかた
「はあー、うまかった」
「……黒須くん、やっぱり、自分の分だけでも払わせて?」
ランチは先輩の私が奢ろうと思っていたのに、トイレと化粧直しに行っている間に、会計を済まされてしまった。
帰り道はずっと、この押し問答を続けて、会社に戻ってきた今も続いている。
「何万回このやり取りするんすか。俺、女の子に出させない主義なんすよ」
「……でも、私女の子っていうか先輩だし」
「椎名さんは……女の子だよ」
「え、」
部署内は静まり返っていて誰もいない。
真剣な目を真っすぐ向けられて、私は思わず固まってしまった。
そんな無音の空間に突如、ガタっと、大きくて重い音が鳴り響いた。
みんな昼休憩に出ていて、私たちの他には誰もいないと思っていたので、物音に驚いてビクッと肩が震えた。