偽る恋のはじめかた
恐る恐る顔を上げて、チラッと桐生課長に視線を向けると、険しい表情で黙り込んでいた。
(やばい。上司を怒らせてしまった)
後悔の念が押し寄せてくるが、過去には戻れない。怒鳴られることを覚悟して唇をギュッと噛む。
「・・・・・・そうだったのか。
それは、申し訳なかった」
「へ?」
予想していなかった言葉に思わず変な声が出てしまった。俯いていた顔をあげると、長身のでかい身体を勢いよく腰を折り、深々と頭を下げていた。
桐生課長は怒るどころか、部下に頭を下げて謝ってくれている。
「椎名さん達に嫌な思いをさせてるなんて気付かなかった」
「い、いえ、桐生課長に頭を下げてもらうなんて。私が言い過ぎました」
予想してなかった対応に、焦りまくりな私はあたふたしてしまう。
「言い訳に聞こえると思うが、暴言を吐くつもりも嫌味を言ってるつもりもなかったんだ。
俺様上司がどんな人物が分からなくて、参考にこれを見てたんだけど・・・」
そう言いながら見せてきた携帯の画面には
"私は俺様上司の虜"というタイトルのWeb漫画が、表示されていた。
「・・・・・まさかですけど、この漫画に出てくる俺様上司を真似したとかじゃないですよね?」
「参考資料として、1000回は読んだ。
台詞も忘れないように、一語一句メモってある」
———真面目な馬鹿だ。
ここまで来ると可哀想になってきた。
この人絶対に課長とかの役職についたらダメな人だ。
桐生課長という人物像のイメージが、私の中でぐずれ落ちる音がした。