悪役令嬢の初恋
 思いだし、クロエはそっと溜め息を吐く。
 
 こういうとき公式の場で扇を持つのが嗜みの一つであることは、たいそう便利だ。

「目は口ほどに物を言う」といわれるけれど、感情を隠すなどわけもない。
 自分の一重で細い目に小さな瞳にどの殿方が映ろうと、わかるはずもないし、そこまで近づいてくる親しい者もいないから。

(ううん、違うわね)

 騒がれるような子息を見ても、胸が躍るような、また、心が華やぐような経験もない。
 いつも冷めた目で相手を見極めようとしてしまう。
 
 そして、相手のちょっとした失敗などを厳しく諫めてしまうのだ。
 
 そう、あの人以外の男性には。
 

 今夜の舞踏会だって――




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