悪役令嬢と、弟王子

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「お前とは婚約破棄をする!」



 私、ユドガレー・ドットレア。
 ドットレア公爵家の長女である。私は王太子の婚約者という立場である。いや、今では……だったと口にすべきだろうか。


 卒業パーティーの最中に、私は王太子から婚約破棄を言い放たれたから。


 元々この婚約は完全なる政略結婚である。利害の一致で王家と公爵家の間で結ばれたその婚約は、私たち互いにとって望むものではなかった。


 私自身も王太子に対する愛情はなく、王太子も私に対する愛情はない。
 ……そもそも王太子は私と出会うよりもずっと前から愛しい少女が居るのだ。身分は少し低いが、昔からの王太子の知り合いである王太子の愛おしい少女。
 ――その少女のことだけを愛している状況で私と婚約して上手くいくはずがない。
 王太子がまだ政略結婚を正しく受け入れられるタイプだったら別だったかもしれないけれども、王太子は王族にしては珍しく愚直な性格をしている。




「かしこまりました」
「顔色一つ変えないとは……流石悪役令嬢だな。お前のような非道な人間は、王妃に相応しくない」


 悪役令嬢……というのは、いわゆる造語である。



 ここ十年ほど、その単語の入った物語が流行している。主人公たちの邪魔をする役目として、そういう存在が流行りの物語の中ではよく見られる。
 そしてその悪役令嬢の役割を持つキャラクターというのは本当に私に似ている。


 私は王太子の婚約者として、教育を課されてきた人間だ。それでいて感情がないわけではないけれど、あまり表情が動かない。親しい人以外には何を考えているか分からないなどと言われる。社交の場で仮面を被り笑うことはあるけれどそれぐらいで、王太子の愛おしい少女と比べると作りものの笑顔にしか見えないだろう。
 そもそも王太子の思い人や物語の中のヒロインたちのように声を上げて笑ったり、表情をころころ変えたり、そういったまっすぐさは正直言って貴族社会で生きていくのは適切ではない。



 ……私は確かに表情が変わらない方で、王太子の思い人に比べると可愛らしくはないだろう。そもそもタイプが違うし。とはいえ、私みたいなタイプの方が貴族には多い。私は特に人形みたいと言われる方だけど、王太子の思い人の方が珍しいタイプだ。
 私だって親しい相手に向けては笑顔だって浮かべるし、家族や友人とは仲良くしている。
 だけど王太子とは婚約を結んで長いのに仲良く出来なかった。王太子が思い人への思いを大切にしすぎるばかりに、私のことを顧みなかったからというのも一つの原因であろう。もちろん、私にも原因はあるだろうけれど。
 ――そして、まぁ、そんな風に王太子と仲良くなることも出来ず、義務的にしか付き合いをしてこなかった私は周りからしてみれば当て馬でしかない。



 王太子と思い人が思いあっていることは周知の事実だった。
 彼らの仲は周りに広まっている。それでいてまるで物語の主人公たちのように思いあっているのに、結ばれることが難しい仲というのに本人たちも周りも酔っている。
 だから思いあう恋人たちを邪魔する悪役令嬢で、当て馬として私は見られる。




 ……あとある程度事前に止めてはいるけれど、王太子を狙っている令嬢たちがやった嫌がらせが私のせいにされたりもしている。




 自分たちに酔っている彼らは私自身のことなんて全く見ておらず、私のことをまるで物語の中の悪役令嬢のように扱うのである。
 ……王太子の婚約者として王宮をよく訪れているにも関わらず、思い人に禊を立てている王太子は私と義務的にしか接しなかったもの。国王陛下は私を王太子の婚約者にした人だけど、あの方はあの方で、息子である王太子にもその婚約者である私にも興味がない。ただ政略的に婚約を結ばせただけ。
 王妃様は王太子のことを可愛がっているからこそ、王太子が思い人と上手くいくことを望んでいる。




 それでいて私が王太子と婚約を結んだ頃とまた状況は変わっている。
 王太子の思い人の家が、成果を出して陛下の覚えめでたくなっているのだ。……それこそ、王太子の婚約者が彼女でもいいぐらいには。大体、ほとんどが王太子と思い人の味方で、私は王宮で完全にのけ者状態。
 悪気無く、本気で王太子とその思い人たちが口にしていることがまるで本当のことのように広まって――王太子から疎まれている私に近づこうとするものはあまりいない。



「何か言ったらどうだ!」
「……私は婚約の解消に異存はありません。どうかお幸せに」
「はっ、そんなことを言ってあきらめたふりをして非道な行いをしようとしているのだろう」
「そのようなことはしておりません」



 私が関わっていないことも、私のせいだと王太子たちは思っているのでよく分からない言いがかりをつけてきている。
 王太子は思い人を守りたいという気持ちでいっぱいなのだろうと思う。恋に溺れている王太子は周りのことがあまり見れていない。
 ……私の家族は卒業パーティーに来る予定だったけれど、陛下か王太子が手を回したのかこの場に居ない。誰も味方が居ない状況で私を追い詰めて何をしたいのだろうか。
 どうしようかな……などと考えていたら一つの楽しそうな声が聞こえてきた。


「兄上! ユドガレー姉様のこといらないなら、僕がもらいます!!」


 ……そんな場違いな、可愛らしい声が聞こえてきた。


 そしてその声のしたほうに視線を向ければ、王太子の年の離れた弟王子――ヤクル殿下が居た。
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