悪役令嬢と、弟王子
「ヤクル!? お前、何を言っている?」
「ヤクル君!? まさか、ユドガレー様、ヤクル君を脅したんですか!!」


 王太子とその思い人がそんな風に声をあげる。

 ……私自身も、ヤクル殿下が何を言っているのか正直理解がおいついていない。
 私のことをもらうって言った?



「ヤクル殿下、こういう所で冗談はおっしゃらない方がよろしいかと思います」
「冗談じゃないもん! ユドガレー姉様は僕がもらうの! 兄上、要らないんでしょ? だったら僕がユドガレー姉様と一緒に居るの!!」


 ヤクル殿下は私の言葉にもそんなことを続けた。
 ヤクル殿下はまだ八歳で、とても可愛らしい見た目をしている。綺麗な金色の髪に、赤い瞳の美少年だ。……なんでそのヤクル殿下が私をもらいたいって言っているんだろう??



「いや、ヤクル。この女は悪役令嬢だぞ? お前にはもっと良い子を俺が紹介してやるから、そのようなことを言うのはやめろ」
「兄上! 僕はユドガレー姉様がいいです! 兄上こそ、悪役令嬢なんて言い方酷いです!」



 ヤクル殿下は王太子から注意をされても、頬を膨らませてそんなことを言う。


 その姿は大変愛らしい……って、違うわね。ヤクル殿下を好奇の目にさらされたままにするわけにはいかないわ。何を考えてヤクル殿下がこういうことを言ってきたのかは分からないけれど、ヤクル殿下の未来を閉ざすわけにはいかないわ。


「ヤクル殿下、冗談はおよしになってくださいませ。私とヤクル殿下では釣り合いませんわ」


 あえて、そういう風に自分が悪く見られるように告げる。


 私は王太子から悪役令嬢と言われて、私の評判はもうどうしようもない。このまま私は社交界から離れることになるだろう。
 王太子たちには何を言っても正直どうしようもなさそうなので、ヤクル殿下の将来を守る方がずっといい。


 私の言葉を聞いてから、王太子は益々眉をひそめて、私の方を睨むように見る。
 ――そして王太子が忌々しいとでもいう風に私を見て、声をあげようとする。


 これでうやむやな感じになって、私のことで騒ぎになって、ヤクル殿下のお戯れが目立たなく成ればいいと思った。
 そんな風に思っていたのだけど、ヤクル殿下はなぜか声をあげる。



「兄上! ユドガレー姉様を睨まないでください!!」
「いや、しかし、こいつは……」
「女性にこいつなんて言ったらだめです! ユドガレー姉様は、とってもいい人です。優しいです。僕はユドガレー姉様が悪役令嬢なんて言われているのは嫌です。それによく分からないことで、ユドガレー姉様が嫌なことされるのも嫌です!」
「ヤクル、お前はきっと騙されて――」
「兄上こそ、僕の話を聞いてください! ユドガレー姉様が何をしたっていうんですか! 明確な証拠もないのに、あることないことを口にするのは駄目です! ユドガレー姉様は冷たいように見えても優しいです。城で飼われている犬にも優しい声で話しかけてますし、笑うととっても可愛いです! ちなみに兄上がいっている非道な行いもユドガレー姉様がやっていないことの証拠は集めてます!」


 ヤクル殿下がそんなことを言うので、私は面食らってしまう。
 というか、王太子とヤクル殿下の話し合いの勢いに押されて、口出しが出来ない……。ヤクル殿下の勢いが本当にすさまじいというか、大変可愛らしい顔をしているのになんというか隙が無い感じに驚く。

 後ろに控えていた従者から資料を受け取って、王太子に見せつけているし。


「兄上、この資料に書かれている通り、ユドガレー姉様はとっても優しくて可愛いんです! 悪役令嬢なんて訳の分からないことを言われる人じゃないです。あと兄上はユドガレー姉様という婚約者がいるにもかかわらず浮気をしていて最低です! なんでそれを正当化しているかもわかりません! ユドガレー姉様のことが嫌なら嫌で色んなやりようがあるのに、こんな大勢の場でユドガレー姉様をいじめているなんて兄上の方が悪役です」
「……お、おう。というか、この資料、おい、ヤクル……、こんな事細かなことが書かれているなんてまるでストー」
「兄上! 話をすり替えないでください。これはちゃんとして筋で調べてもらったことですから。兄上はユドガレー姉様に謝ってください。謝るまで許しません!」
「……確かに、ちゃんとした筋で調べられているのは紋章からも分かる」
「兄上がここでこれは捏造だ! とか言い出さなくてよかったです! 言い出したら説得しなきゃいけませんから」
「……ヤクル、俺はそこまで馬鹿じゃない」
「愚かではあります! ユドガレー姉様のことを勘違いして、悪役令嬢なんていって断罪して!」
「お、おう。それはすまなかった」



 王太子がたじたじで、私は驚く。……あの資料、何が書かれているのかしら? こんな王太子の姿は初めて見るわ。



「兄上が謝るべきはユドガレー姉様です!」
「あ、ああ。すまなかった」
「い、いえ、大丈夫です」


 よっぽどヤクル殿下の勢いにおされたのか、王太子に謝られて驚いた。



「ユドガレー姉様、僕からも謝ります。兄上がごめんなさい!」
「ヤクル殿下が謝ることではないですよ。それよりもありがとうございます。でも私なんかをこういう場で庇うのはやめた方がいいですわよ。ヤクル殿下が傷つく結果になってしまうかもしれませんから」
「やっぱりユドガレー姉様、優しい! 兄上がユドガレー姉様を傷つけた分、僕が責任をもってユドガレー姉様を幸せにします!」
「えっと、責任を感じているのかしら? ヤクル殿下、何も気にしなくていいのですよ。ヤクル殿下はまだ八歳ですから、これから素敵な出会いがありますから」




 ヤクル殿下は優しいのだと思う。だからこそ、責任を感じているのかそんなことを言うので、そう告げた。だってヤクル殿下の明るい未来が私のせいでつぶれるのは嫌だから。


「違います! 責任とかどうとかじゃなくて、僕がユドガレー姉様と一緒に居たいんです! 僕はユドガレー姉様が大好きです!!」


 ――だけど、そんな風にかえってきて、私は困惑してしまった。


 ……結局その後、ヤクル殿下の勢いにおされて私はヤクル殿下と婚約を結ぶことになった。それに私自身も好意を向けられたことは嬉しかったから。

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