麗しの香道家は、傷心令嬢を甘く溺愛して離さない。
第5章
◇なぞの体調不良
それから一ヶ月、私は教室に通いながら執筆係ができるように習字を練習していた。
「英那ちゃん、どう?」
「うーん……どうかな、わからない! だって、これ、宗一郎さんの見本見たら全然違うんだもん」
今書いているのは次の如月香席でする組香『若菜香』の証歌だ。
――君がため春の野に出て若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ
古今和歌集で光考天皇が歌ったもので“あなたにさしあげるために、春の野に出て若菜を摘んでいる私の袖には、雪が降り続いています”と言う意味で恋しい人への真心を歌っている。
「俺は上手だと思うけど」
「でも……お義母様はとてもお上手だし」
「……母さん見てダメだと思ったの?」
「うん。全然ダメで」
「言っておくけど、母さんは香道のこと全く知らないよ。書道ができるのは、父方の祖父が書道家だったから習わされたと言っていたよ。だから、気にしない方がいい。英那ちゃんはよくやってるよ」
そう言って宗一郎さんは頭を撫で撫でする。そして空いている片方の手を使って器用に筆を取りあげて片付けを開始してしまった。