【WEB版(書籍化)】バッドエンド目前の悪役令嬢でしたが、気づけば冷徹騎士のお気に入りになっていました
「二階は僕の勉強部屋と寝る部屋。アシュレイの仕事部屋と寝る部屋。それと、使ってない部屋がたくさん!」

 元気いっぱいのイアンを先頭にお屋敷の中を歩き回る。
 
「あっちは大広間。こっちはリビングとご飯を食べる部屋。その奥がキッチンです!」
 
 イアンが行く先々で他の使用人たちに『僕の先生になったビッキーだよ』と、紹介してくれるので私も挨拶をして回る。
 
 キッチンのドアを開けると、ふんわりと甘い良い香りが漂ってきた。

「坊ちゃん、パルミエが焼けているよ。食べてみるかい?」と、シェフが聞いてくる。

「食べたい! あむっ。もぐもぐ……。こひら(こちら)は、きょふ(今日)から僕の。ごくっ。先生になる、ビッキーです」

 イアンが、頬袋に餌を詰め込むリスのようにお菓子を口いっぱいに頬張りながら、シェフに私のことを紹介する。

「初めまして、ビクトリアです。どうぞよろしくお願いします」

「よろしく! さぁ先生も遠慮せず、どーぞ」

 握手がわりに差し出された皿から、ハート型のパイ菓子をひとつ頂いて食べる。
 
 子どもが食べやすいように一つ一つが小さめに作られているパイは、甘くサクッと軽い食感だ。

 表面にまぶしてある砂糖がキャラメリゼされて、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
 
 あまりの美味しさに、私は「う~ん、美味しい」と思ったまま感想を呟いた。するとシェフが嬉しそうに破顔する。
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