僕の欲しい君の薬指
『榛名 珠々』そう表示されているメッセージ画面を見て、ふにゃりとだらしなく頬を緩めるのは一体これで何度目だろう。お気に入りのソファに寝そべりながら、画面越しにある名前を指先で撫でる。
『明日俺三限だけだけど、月弓は?』
『私は朝からですが午前は三限で終わりです』
『じゃあ三限終わったら会える?』
『はい!』
『俺のお気に入りのイタリアンあるからそこ予約した。三限終わったらいつもの場所で待ち合わせな』
『分かりました』
『楽しみにしてる』
大学に入学して初めて誰かとまともなメッセージのやり取りをした。友達を沢山作るぞと意気込んでいた矢先、全く予期していなかった天糸君の登場に何もかも計画は崩れ、折角数人と交換した連絡先は天糸君によって削除されてしまった。
泣きそうになる私に「僕以外の人間と月弓ちゃんが仲良くする必要なんてないでしょう?」そう言葉を添えた彼にもう何も言葉が出なかった。
天糸君は狂っている。思考も、心も、言葉も、行動も、狂気に塗れてしまっている。
「どうしてこうなっちゃったんだろう」
天井に向かってポツリと小さく呟いた刹那だった。持っていた携帯が通話の着信を知らせ、画面には『涼海 天糸』の文字が並んでいた。
彼の名前を見ただけで、喉の奥が絞め付けられる様な息苦しさを覚える。それなのに、無意識の内に通話に応じる方へと私の指が滑る。
不本意とは云え、結局私はいつも天糸君の思うがままだ。
「も、もしもし」
「ふふっ、やっと月弓ちゃんの声が聴けたぁ」
か細くて弱々しい第一声に、相手の糖度の高い声が返ってくる。いつもの様に、誰もが惹きつけられる笑みを咲かせているのだろうか。離れていて表情なんて見えないはずなのに、長い月日を彼と過ごしてきたせいか容易に相手の表情が目に浮かぶ。
今日は暑かったのに外でロケをして大変だったに違いない。私なんかに電話してないで自分の身体をもっと大切に労わって欲しい。
「疲れてるでしょう?寝てないで平気なの?明日もロケなんだよね?」
憎い彼の心配をついしてしまうのは、彼の姉の様に育った癖が抜けないからだ。