僕の欲しい君の薬指

「やっとできた時間なのに、もうバイバイするなんて悲しい」



次に鼓膜に触れたのは寂しさに満ち満ちた可愛い声だった。嗚呼、自分の事しか考えないで天糸君を不快な気持ちにさせてしまった。それに気づいて反省する。


「ごめんなさい、今のは自分勝手過ぎたね」すぐにそう言葉を漏らした己の視線が自然と降下して、琥珀色の紅茶が視界に映った。不安定にユラユラと揺れてグラスの縁にぶつかる檸檬はまるで、私の心を投影しているみたいだった。

この空間に天糸君がいないと妙に落ち着かない。ベッドの枕やシーツ。ソファのクッションに染み付いていた彼の香りも、あっという間に薄れてしまった。


寂しくないと云えば嘘になると思う。だけどその感情を認めたくない自分がいて、激しく葛藤している。



「ねぇ、月弓ちゃん」

「なに、天糸君」



彼が私を「月弓お姉ちゃん」と呼ばなくなった時は強烈な違和感を覚えたし、悲しかったはずなのに、今では「月弓ちゃん」と呼ばれる方がしっくりきてしまっている。それは知らぬ間に、されど着実に、天糸君の狂気の色に自分が染まっている何よりの証拠だった。



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