僕の欲しい君の薬指

私は天糸君への恋心を自覚してしまった。それが一番厄介な点なのだ。だから一刻も早く彼から離れるべきなのだ。彼の為にも、彼のファンの為にも、榛名さんを含めたApisのメンバーの為にも。


だけどただの大学生である私にとって、あの子から物理的に離れると云う事は決して容易ではない。



「取り敢えず引っ越せる物件がないかなって探してたんですけど…やっぱり壁は高いみたいです」



へらり。誤魔化す様に苦笑を浮かべた。夏休みに入ったら朝から晩までバイト漬けの日々を送って天糸君と顔を合わせない様にするしかないのかもしれない。都合良くバイトが見つかるかは分からないけれど、早く行動に移さなければ私の心が持ちそうにない。


一分、一秒と、あの子との時間を重ねれば重ねるだけどんどん彼の狂気に染まった情愛の海に沈んでしまうだろう。



「ふーん、そっか」



黙って私の話に傾聴していた榛名さんは、こちらが話し終えたのを機に口を開いた。



「あいつに至って冷静さを欠くなんて事はなさそうだけどこれはチャンスか」

「へ?」

「ん、何でもない。こっちの話。それより月弓の話を要約すると、月弓は出来る事なら天にバレない様に引っ越したいって事だよな?」



ゆるりと口角を持ち上げた相手が話を戻して首をコテンと横に折る。与えられた問い掛けに首肯した私に次に返って来た言葉は、衝撃的な物だった。



「それじゃあ、俺の家に来れば良くね?」



あっけらかんとした様子でそう放って優艶に笑んだ相手の予想外の提案に、私はしっかりと困惑した。


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