僕の欲しい君の薬指


椿の花の様に頬を染めた綺夏さんが、ぷいっと顔を逸らす。「この人たらし」耳を澄まさなければ聞き取れない声でそう漏らした彼の口許は嬉しそうに緩んでいる。

彼等のやり取りを傍から見学しているだけにも関わらず、私の唇まで放物線を描いていた。



「あ、大切な事だから言っておくが、月弓は天の見舞いに行けないからな」

「へ?」

「Apisの羽生 天が入院してるって、病院内部の人間がSNSでリークしてマスコミとファンが押し寄せてるらしい」



忠告を聴いて一番最初に過ったのは、天糸君は大丈夫なのだろうかと云う心配だった。

私が言えた台詞ではないけれど、どうか今だけでも彼にはゆっくり療養して休んで欲しい。それなのに入院先でさえも心が休まらない環境なんて、余りにも酷だ。



「他の入院してる患者に迷惑が掛からないように、あいつが退院するまでは入院してる患者の家族とApisのメンバー。そして事務所の人間以外病院に立ち入れない事になったっんだと」

「実際、僕が病院に到着した時点で既に院外はパニック状態だったよ。病院側の計らいで僕達メンバーと事務所関係者は裏口から特別に出入りできるようにして貰ってやっと天の病室に辿り着けたって感じだった」



深い溜め息をついて語った綺夏さんの険しい表情だけで、どれだけ大変な事態になっているのかを察するには充分だった。そしてそれと同時に、私が彼の病室に行く事すら叶わない現実が重く圧し掛かる。


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