僕の欲しい君の薬指


珠々さんのするこう云う不意討ちは、つくづく心臓に悪い。自分が大人気アイドルだと云う自覚がないのだろうか。

彫刻みたいに美しい顔に笑みが咲くだけでもこちらの胸は高鳴るのに、追い打ちをかけるかの如く頭を撫でる珠々さんに私はまだまだ慣れそうにないし、きっとこれから先も慣れる事はないだろう。



「なぁ、月弓」

「な、何ですか」

「この家で不便に感じる事とかねぇの?大丈夫か?」

「全然大丈夫です。寧ろ至れり尽くせりで申し訳ないくらいです。」

「至れり尽くせりでもないだろ」

「珠々さんの手料理、いつも栄養バランスが計算されている上に美味しいです。彩りも綺麗で私も料理のお勉強しなくちゃなって恥ずかしくなりました」

「あー、それはあいつに徹底的にしごかれたおかげだ」



あいつ?落とされた単語が気になって、苦笑を浮かべてクルクルと指で器用にペンを回している相手に双眸を伸ばす。



「でも月弓にこんなに褒められんなら、スパルタ教育に耐えた甲斐があるな」



しかしながら返って来た言葉は、胸中で抱いていた疑問の答えとは別の甘い甘いそれで、又も激しく揺れる心を誤魔化す為に私は「あ、そう云えば…」と話題を無理矢理切り替えた。


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