僕の欲しい君の薬指



綺夏さんが帰宅したのは、日付が変わりそうな真夜中だった。



途中までとは云え、昼下がりに珠々さんと男女の関係になる情事をしてしまった。その事実が脳裏にこびりついて、中々消えてくれそうにない。羞恥心と気まずさに駆られるがまま与えられた仮初《かりそめ》の自室に籠っていると、コンコンとドアを扉を叩く音が耳を突いた。


あからさまに驚いた自らの身体が跳ねたのも束の間、すぐに扉の向こうから「月弓ちゃん入るよ」と綺夏さんの中性的な声が聴こえて、慌てて返事をした。



「天の事で話があるから、リビングにおいで」



開いた扉から美しい顔を覗かせた相手が、こちらに向かって手招きをしている。「分かりました」と短く答えた私は、ベッドから降りて綺夏さんの後を追う様に自室を辞した。


綺夏さんが帰って来たからなのだろうか、リビングに漂う香りが一段と甘くなっていた。既にソファには珠々さんが腰を沈めていて、不意に視線が合ったけれど心臓がドクンと大きく脈を打つ音が体内に響き、咄嗟に目を逸らした。



素肌を殆ど見られてしまった恥ずかしさは拭えない。そのせいでまともに珠々さんを直視できない。バクバクと私の心臓が騒ぎ立てる一方で、ソファに凭れて呑気に欠伸をしている珠々さんの姿が視界の端に映り込む。


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