僕の欲しい君の薬指

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シャワーを終えて出た廊下には、美味しそうな香りが立ち込めていた。釣られるようにリビングへ繋がるドアを開くと、食卓テーブルには二人分のパスタが準備されていた。



「お帰りなさい。ブランチ作ったから食べよう?」



椅子に腰掛けて頬杖を突いていた天糸君が、手招きをして向かいの空席を指差した。促されるがまま椅子に座った私の前にあるのは、トマトクリームソースのパスタ。私が一番好きな味だった。


お風呂上りを待っていてくれたのかな。出来立てを食べたいはずなのに、彼は一切手を付けていない。



「トマトクリーム、月弓ちゃんの好物でしょう?」

「…うん」

「良かったぁ」

「天糸君、料理できるんだね」



女なのに、私は卵焼きを作るのがやっとだし、パスタだって麺を茹でるだけであとはインスタントのソースを絡めて食べるだけだ。何もできない自分が無性に恥ずかしい。



「レシピがあれば簡単だよ。それにね、月弓ちゃんが食べる物は僕が作らなきゃ嫌なの」

「え」

「だって月弓ちゃんの体内に入るんだもの、何処の馬の骨が作ったのかも分からない食べ物が月弓ちゃんの体内に入るなんて許せない」



“だから、これからは僕が月弓ちゃんのご飯を作るから安心してね”



さらりと重い台詞を落としてゆるりと口角を持ち上げる天糸君は、「冷める前に食べようよ」と続けて皿の両脇に置かれていたスプーンとフォークを手に取った。

おずおずと私も匙を握ったところで「いただきます」と彼の艶やかな声が言う。



「いただきます」



フォークに巻き付けて口へと運んだそれは、見た目を裏切る事無く美味しかった。






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