僕の欲しい君の薬指



美しくて、聡明で、歌声も素敵で、ダンスも難なくこなしてしまう。アイドルグループApisに所属していて、グループ内でも圧倒的人気を誇っていて、歌番組でもCMでも駅や街中の広告でも見ない日はない程に知名度のある彼。


それなのに、料理もできてしまうだなんて、神様は一体どれだけ天糸君に恵を与えれば気が済むのだろう。アイドルの羽生 天は勿論の事、一般人としての涼海 天糸の姿でも常に注目と噂の的。


どんな容姿でいようとも何をしていようとも、どうしてもこの子は人の心を魅了してしまう。それこそ彼は無意識なのだろうけれど、周りの人間は彼の持つ才に憧れ、羨望し、そして魅せられてしまう。絵に描いた様に完璧な子だ。



私が三歳の時に生まれたこの子に、私が人生の先輩面を披露できたのはたかだか数年の事だった。あっという間に私を追い越して、気付いた時には彼の方が私よりもずっとずっと優れた人間になっていた。

それは今も変わらない。大学生になり独り暮らしを始めた癖に料理一つも満足に作れない私に対し、見た目も味も文句の付け所のない料理をささっと作る彼。まだ高校生になったばかりなのに、仕事と学業の両立で寝る暇もないはずなのに、この子にはまるで隙がないのだ。



「それ、アールグレイの茶葉から淹れたの。いつでも月弓ちゃんに作れる様に僕の部屋に常備していたの。腐る前に使えて嬉しい」



天糸君といると、自分が丸っきり駄目な人間に思えて仕方がない。パスタの皿の隣に置かれた檸檬紅茶(レモンティー)だって、私の好きな物だ。私の方が年上なのに、天糸君にお世話されている自分に酷く嫌悪感が募った。



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