僕の欲しい君の薬指



とても優しい笑顔を浮かべる人だな。少し言葉遣いは乱暴だけれど、その中にすら優しさを感じる。



「俺のこの姿を目撃したのが月弓で良かった」

「この姿?」

「そ。俺、ちょっと事情があって変装して大学通ってんの」

「そうなんですね」

「やけにあっさり呑み込むんだな」



私の従弟もそうなので理解はある方なのかもしれません。思わず口を滑らせてその台詞を吐いてしまいそうになって、慌てて卵焼きを口に詰めた。

天糸君は本当にお料理が上手だ。あんなに忙しいスケジュールで生きているのに、いつの間にお料理のスキルまで身に付けてしまったのかな。



「月弓はよくここに来んの?」

「はい。上京してきて友達がいないので、ここでお昼は過ごしてます」

「そっか。新入生…だよな?今まで俺がここに来ても誰もいなかったし」



相手の発言に首肯すれば「じゃあ俺は月弓の二つ先輩だな、よろしく」と言葉が返ってくる。人とコミュニケーションを図るのが苦手だったはずなのに、不思議な事にこの人とは何の緊張もなく会話ができている自分に内心驚いていた。



「あ、やっべ。そろそろ行かないとまた怒鳴られるわ」



まだお昼が終わるまで時間があるというのに、携帯の画面に表示されている時間を見て立ち上がった彼がささっと器用にウィッグを被った。誰に怒鳴られるのだろう。教授に何か頼まれているのかな?


勝手に想像を膨らませているとすっかり別人に変身を遂げた相手が徐に手を伸ばして私の頭をくしゃくしゃと撫でた。



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