『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす
秘書執務室を後にし、資料室へと向かう。
お昼休憩の時間が終わるようで、混み合うエレベーターに乗り込み、資料室がある八階のボタンを押す。
営業部やデータ管理部もある八階で降りようとした、その時。
足にチクっと鋭い痛みが走った。
誰かの鞄でもあたったのかもしれない。
素早く降りて痛みのあった箇所を確認すると、鋭い何かで斬られたような傷ができていた。
「っ……ッ…」
資料室に駆け込み、ハンカチを傷口に当てる。
傷口がズキズキと痛み、急に不安に駆られる。
「替えのストッキングあったかな……」
副社長が戻って来るまでに着替えなきゃ。
大判のハンカチを傷口に巻き、更衣室へと急いだ。
ロッカーの中のストック用の籠の中から替えのストッキングを発見。
けれど、中々血が止まりそうにない。
数分前の岡本さんの言葉が脳を過る。
背筋がゾクッと、肌が粟立つ感覚を覚えた。
大学時代に同じような光景を見て、知っている。
彼の追っかけをしてるような女の子たちの執着の矛先が危険だということを。
彼をずっと遠くから見続けていたからこそ、知っている。
だから、今まで我慢して見てるだけだったのに。
彼のパーソナルスペースに入り込んでしまったからには、執着の矛先が自分に向くことくらい覚悟の上だ。
これまでも、嫌がらせ的なことは何度もあった。
けれど、鉄壁な秘書であり続ける以上、動じてなんていられなかった。
恋人でなくても、秘書として毎日傍にいれば嫉妬の対象になることくらい覚悟している。
それでも、彼の傍にいたい。
傍にいられるなら、甘んじて受け入れるつもりだ。