『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

調印式当日。
午後から行われる調印式の会場へと向かうためにスーツに着替え、副社長の部屋へと。
彼は既に着替え終わっていて、腕時計を着けるところだったようだ。

「副社長、調印式の後はどうなさいますか?部屋をお取りしておきますか?」
「……あ?何か言ったか?」
「……はい、調印式後に部屋をご用意しておいた方が宜しいかと……」
「あぁ、う~ん、……そうだな、取るだけ取っておいて」
「はい、承知しました」

今日はあまりその気はないらしい。
けれど、先のことは分からない。

それにしても、今日は少しいつもと違う気がする。
少し目がとろんとしている気がするのは気のせいだろうか?

「副社長、失礼致します」
「っ……」
「少し熱があるように思います。風邪でしょうか?お薬飲んでおきますか?」
「……ん、そうだな」

製薬会社の人間が、公式の場で体調を崩すなど前代未聞。
半年以上前から心血を注いで来た大型プロジェクトということもあり、今日は絶対にこけるわけにはいかない。

彼の秘書として、健康管理を把握するのも私の役目だ。

「申し訳ありません」
「ん?……何故、謝る」

ポーチから風邪薬を取り出し、ミネラルウォーターと共に彼に手渡す。

「私の配慮不足です」
「いや、俺の不注意だから」

空いたグラスを受け取ると、彼の大きな手でポンポンと頭を撫でられた。

「今は、調印式のことだけ考えよう」
「……はい」

彼の努力を無駄にはできない。
彼だけじゃない。
会社の多くの人間が、ここ数か月心血を注いだプロジェクトだ。

立ち上がった彼の背後に、いつもより少し距離を詰めて――。

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