『愛獣』放埓な副社長は堅固な秘書を攻め落とす

山奥にひっそりとあるお蕎麦屋さんは、駐車場から少し距離が離れていて、人知れず……的な場所にある。
知る人ぞ知るみたいな感じで、風情のある景色の中に佇む小さな店舗だ。

彼はざる蕎麦、私はくるみ蕎麦を注文した。

「どうやって陶芸をするようになったのですか?」
「あ、それね。大学三年の時にさ、ボランティアで有料老人ホームに行ったんだよね」
「……はい」
「その時に担当したご利用者さんが使用してる湯呑が凄く素敵で、どこで買ったのか尋ねたら、自分で作ったって言うからさ。それを機に、陶芸のことを沢山教わって、その人が通っていたっていう、俺らがさっき行ったあの窯元を紹介して貰ったんだよね」
「そうだったんですね」
「俺、母親の記憶は殆どないんだけど、母親が焼き物好きだったらしくて。俺の実家には母親が作った作品が沢山あるんだよね」
「……血筋ですね」
「幼い頃からそれらを見て育ったから、焼き物に凄く興味があったし。だから、ストレス発散する時とか、仕事で行き詰ったりした時は結構あそこに通ってる」
「……素敵ですね」

またまた意外な一面を垣間見た。
バンジーを飛んだり、無邪気に動物に餌をあげたり。
今日は真剣な表情で土を触る彼の横顔が魅力的に思えた。

「お待たせ致しました。ざる蕎麦とくるみ蕎麦になります」

結構な量の蕎麦が運ばれて来た。
店内にはあちこちに大型ストーブが置かれていて、十二月の寒さだなんて気にならないほど暖かい。



「次は何しようか」

昼食を終え、車に戻った私達は自然と視線が絡み合った。

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