伯爵令嬢の秘密の愛し子〜傲慢な王弟は運命の恋に跪く

王都での買い物

「一緒に付き合って下さるなんて申し訳ないですわ。」

そう言って一緒に馬車から降りるようとすると、研究員仲間のジャスティンが手を差し出して馬車から降りる手助けをしてくれた。いつもなら自分一人でさっさと降りてしまう所だったけれど、たまにはこんな風に淑女扱いされるのも悪くはない。

ジャスティンは26歳で独身の、いかにも学者タイプのすらりとした痩せ型の伯爵家次男で、研究になると時間を忘れて周囲が見えなくなるものの、普段はごくマナーの良い紳士だった。

ジャスティンは悪戯っぽくウィンクすると、私を自分の肘に掴まらせてエスコートしながら、洒落た結婚用品の揃う店に歩き出した。


「まさかエリザベスが彼の婚約者と友人だったなんて知らなかったよ。私も丁度彼に結婚のお祝いを贈りたかったからね。エリザベスと贈り物が重ならない方が良いだろう?

それに二人で選べば良いアイデアが出るかもしれないし。中々ね、こう言う事は苦手だったから正直助かったよ。」

私の親友のシャルロットの婚約者が、ジャスティンの友人だったなんて世の中は狭い。私が研究室で今日帰りに贈り物を買いに行くと世間話をした際、ジャスティンも選びたいからと、こうして一緒に店に来たのだった。私はジャスティンをチラッと見上げて言った。


「ジャスティン、悪名高い私と一緒だと色々噂されますわよ?」

するとジャスティンは目を見開いておどけた様に言った。

「当の本人が気づいていないって言うのは本当だったみたいだね。エリザベスは悪名高くて注目されているわけじゃなくて、その美しさと賢さで注目されているんだよ。

ははは、これは私の勝ちだ。実は誰がエリザベスに本当の事を教えるか賭けをしていたんだ。私にそのチャンスをくれてありがとう、エリザベス。」


私はジャスティンの優しさに微笑んで、楽しい気持ちで店の中の美しい品々を吟味した。店の中でも数人の貴族がチラッと私達を見たけれど、ジャスティンの先ほどの優しい言葉のお陰でいつもよりは気負わずにいられたのだから人間とは単純なものだ。

結局私は美しい緻密な加工の宝飾トレーを、そしてジャスティンは対になる様なコレクションボックスを其々の贈り物に決めた。それを並べて置いたらさぞかし美しく引き立つだろう。私たちは品物を受け取ると、笑いながら近くのカフェでお茶をする事にした。


甘いフルーティな香りの紅茶を飲んでホッと息をつくと、ジャスティンが店員から小さなギフトボックスを受け取った。それを私に差し出して言った。

「これ、テオにお土産だよ。ここのフルーツケーキは絶品なんだ。良い子にお留守番している可愛い子にはお土産が必要だろう?」

私は思わず感嘆の声をあげて、にっこり笑ってジャスティンに言った。

「まぁ、ジャスティンありがとう。嬉しいわ。ジャスティンはどうしてそんな細かい事に気づくのかしら。お優しいのね。」


するとジャスティンは急に真っすぐに私を見つめて言った。

「私はね、エリザベス。君のことは買っているんだ。17歳で若気の至りがあったにせよ、それからの君はしなくても良い苦労をして来ただろう?誰も君のことは悪意を持って見ていないよ。その若さで強さと美しさを持つ、類い稀な女性だと思って見ているだけさ。」

私は思わぬ言葉を掛けられて、普段無意識に張り詰めていた気持ちが不意に緩んでしまった。気がつけばジャスティンの慌てた様な表情と、差し出したハンカチで頬をそっと撫でられていて、自分が人前で泣いてしまったのだと今更気づく有様だった。


「ごめんなさい。ジャスティンの優しい言葉に油断してしまったわ。ふふ。」

そう言って笑って誤魔化しながら、有り難くジャスティンのハンカチで頬を押さえると、ジャスティンは真面目な顔で私に言った。

「私の前ではいつでも油断してくれて良いんだよ、エリザベス。…友達じゃないか。」

そう言うジャスティンにもう一度微笑みかけると、少し照れた様に柄でもないことをしてしまったと笑った。それからジャスティンに屋敷まで送ってもらうと、丁度停まっていた私たちの馬車を追い越して、前方に見慣れぬ豪奢な馬車が停まった。


訝しむ私にジャスティンが一緒に降りようかと言ってくれたものの、来客の予定も心当たりがなく、我が家には関係の無い相手だからと馬車から降ろしてもらった。そして心配そうな表情のジャスティンの乗った馬車が立ち去るのを見送った。

ふと誰かの気配で振り向いた私の前に馬車の扉が開いて一人の人物が姿を見せたのを、私は息が止まりそうな思いで見つめていた。4年前のあの夏の日、仮面祭りで抱き合ったあの人が目の前に立って居た。


ああ、でも本当に彼なのかどうか。あの時の彼とは雰囲気も人相も変わってしまっていた。あの日の大らかさと陽気さの滲む彼の面影は無く、今やいかめしさと冷たい雰囲気を滲ませた、覚えのある大柄な迫力のある姿でそこに立っていた。

私は彼に会えて一瞬で膨れ上がった嬉しい気持ちと、一方で今更彼が私の前に現れたことへの、底知れない恐怖も同時に感じて言葉も無く、私の愛し子のテオと同じ青紫の瞳に見つめられていた。
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