その涙が、やさしい雨に変わるまで
 しばらく三琴は食事を堪能する。本当にここのメニューは美味しくて、すぐに空腹が解消した。腹が膨れれば、色々なことを考える余裕が出てくる。
 ちらりと部屋の隅に置いた自分の荷物をみた。自分の通勤鞄からライトグレーの封筒が顔をみせている。これは、ここにくる前に会った菱刈から渡された書類だ。

「…………」

 会は、三琴をほったらかしにして盛り上がっている。
 そもそもが三琴は部外者であるから、それはそれで構わない。ひとりにされたのをいいことに、三琴は三琴で今日一日のことを整理した。

(まずは……瑞樹さんのこと、よねぇ~)
 予想もしない非難をもらい、キレてしまった。いい大人が、恥ずかしい限りだ。秘書でなく瑞樹の管轄外の総務部所属のいまだからこそ大胆にも反論できた、ということにしておこう。などど、ひとり三琴は苦しい言い訳をしてしまう。

(確かに、あの釈明では、脩也さんとのことを誤解されても無理ないかな?)
(でも、ああいうしかなかったし。そこは兄弟で腹を割って、話し合ってくれるといいんだけど……)

 脩也の連絡先のことに、こんな他力本願なことを期待する。でもそんなこと、もうどうでもいいことだ。少々三琴の名誉が回復しても、そのときには三琴は会社を辞めているのだから。

(そうよ、辞めるのよ!)
(会社から消えたあとでどういわれようが、関係ないじゃない)
(辞めるってのに……もう、どうしてこうなるのかしら?)

 瑞樹と副社長室前室で口論し、ロッカールームに戻れば、脩也からメッセージが入っていた。
 脩也のメッセージの内容は飲み会だとわかっていた。飲み会だから終わりは未定で、きっと長くなると思われた。
 それゆえ三琴は、菱刈の案件を先に取り掛かったのだった。


 †††


 件の菱刈は、ヨーロッパ幹部を送り届けてから駅前のカフェにいた。
 三琴がメールを入れるとすぐに返信がきて、そこで書面のチェックをして待っているとある。
 仕事をしているのなら社のフリー・スペースを使えばいいものを……と思いながらも、カフェに向かう。三琴が到着すれば、受付カウンターでみせたにこやかな笑顔の菱刈がいたのだった。
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