その涙が、やさしい雨に変わるまで

10*瑞樹vs三琴、第二ラウンド

「あ、降ってるじゃん!」
 彩也子の声で、三琴は窓外をみた。
 今朝、自宅を出るときに低い雲が垂れ下がっていて、予報では曇りだけど絶対降りそうなどと思っていた。その予感は的中して、いつの間にかまとまった雨になっていた。

 季節は六月に入った。暦の上では梅雨になる。
 ここ数年は空梅雨だったり春雨が長く続いてそのまま梅雨入りしたりと奇妙な気象だが、今年はきちんとした折り目正しい梅雨入りであった。
「傘は大丈夫だと思うけど、松田さん念のために不足していないかどうか、確認、お願いできる?」
 すぐに手の離せない彩也子がいう。総務部での作業を一時中断して、三琴は階下のグランドフロアへ降りていった。


 グランドフロアへ降りれば、エアコンが入っていても湿っぽい。本格的にエアコンが稼働していないこともあれば、扉の開閉で正面玄関から外部の空気が入ってくる。梅雨独特の効率の悪い空調となっていた。
 上層階ではあまり感じることのないもさっとした空気の中、受付カウンターで傘のことを訊いた。すると、備え付けの傘がごっそり持っていかれたという。彩也子の予想どおり、予報外れの雨で雨具のない来客や社員に貸し出しされたばかりであった。

 ちょうどよかったと、受付嬢は減った傘の補充を三琴にお願いした。
「ごめんなさい。傘置き場はどこになりますか?」
 はじめて傘の補充をする三琴は、保管場所を尋ねた。
「社員専用の車寄せの西側の壁に三枚ドアがあって、その一番、左。あ、もしかしたら施錠されたままかも。鍵は……これ。五本ほど、お願いします」
 備品庫の鍵を受け取って、三琴は正面玄関とは逆方向の廊下を進んでいった。

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