その涙が、やさしい雨に変わるまで
 この廊下は、受付配属第一日目の三琴が、彩也子と一緒に観葉植物を運んだ廊下である。
 社員用の廊下でかつ天候は雨。となれば、昼の時刻でも薄暗い。ここにエアコンは効いていなくて、じめじめとした梅雨独特のねっとり感が体にまとわりつく。

(雨の日のお見送りとかは、こんなふうにしていたんだ)
(これ、上でいたらわからないことだったな)
(それももう、あと一回あるかどうか、かしら?)

 他部署の仕事を今更ながらに知って、感心する。
 傘の確認があと一回あるかどうかというのは、三琴は退職日が決まったからだ。



 株主総会が終わった翌日に、三琴は総務部長の元を訪ねた。すべての有休を使って、もちろん過去の未使用分も忘れず申告して、七月末の退職日から未消化日数分の繰り上げ退職したいと申し出た。
 株主総会が終わってしまえば、もう三琴の知る瑞樹のスケジュールは新作発表会だけ。即時の辞職が認められない理由――三琴が社外秘関与社員(インサイダー)であるということに、もう少しで該当しなくなる。

「え! 退職日? あれ、もうそこまで迫っていましたか?」
 今年の株主総会が問題なく終わった今、役員やIR(投資用広報活動)関係者はほっとしたところ。一年で一番厳しい局面を乗り切ったあとの緊張が解けている時期である。それゆえ、社の雰囲気は明るい。
 その浮かれ気分に乗っかって申告すれば成功確率が高いとみて、三琴は自分の退職を切り出したのである。

「そういう条件で配属だったからね。こちらとしてはうまく回っていたから、残念ですが」
 総務部長は瑞樹とのインサイダー云々のやり取りをきちんと覚えていた。

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