その涙が、やさしい雨に変わるまで
「有給は労働者の権利ですから、どうぞ使ってください。総務部としては問題ありません」
 穏やかな顔で総務部長は、有給休暇を消化して退職することに理解を示した。当初は三琴の退職希望に驚いた彼であったが、瑞樹が付けた退職の条件は過剰だとも思っていた。彼はできる限りの計らいをしたのだった。

 三琴の目の前で総務部長は日数を計算して、彼女の退職日を六月二十二日とする。すべての有給がきちんと使われたその日付、しかも予想よりも少し早かったのだ、に三琴も異存はない。
「一応、副社長に報告しておきます。特に問題はないと思いますよ。今までお疲れ様でした」
 瑞樹のことが話題に出て少し三琴はどきんとしたが、報告は義務だろう。よろしくお願いいたしますといって、総務部長デスクをあとにした。
 その後、副社長へのお伺いも問題はなかったらしい。三琴が総務部長に申請したその日の夕方に三琴の退職日は正式なものとなり、翌日には総務部の朝礼で告示されたのだった。



(一番左のドアって、これね)
 廊下を出れば、雨音が耳に飛び込んでくる。
 車寄せのあるこのエリアは正面玄関同様、大屋根が回されていて、ここで車に乗り降りする分に傘は必要ない。大屋根下の路面はそんなに濡れていなくて、濡れたタイヤ跡が数本あるのみ。今の時間は無人であった。

 傘は、主に敷地内の社屋を徒歩で移動する人のためのグランドフロアの用意である。たくさんの傘が使われたということは、商談のあと別棟のショールームへ団体客を案内したのかもしれない。
 そんなことを思いながら、備品庫の扉の前に立つ。施錠の有無がわからないから、素直にドアノブを回す。硬い反応があって、三琴は受付嬢から預かった鍵を取り出した。

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