その涙が、やさしい雨に変わるまで
 毎日、受付カウンターでは大勢の来社客を迎えているが、常にその客がアポイントメントを取っているとは限らない。
 社則によりご家族の方といえども、優遇することはできません――これは、家族を装って営業を仕掛けてくる輩がいるからだ。
 実際、過去に家族と名乗った人物を通したことでトラブルになりかけたことがある。その反省から、徹底してアポイントメントを確認するようになったと、三琴はきいていた。

「そういわれても、今回の帰国にはあまり時間の余裕がないんだけど……うーん、どうしたら、いいかなぁ」

 冷徹に彩也子からあしらわれて、来社客はますます困り声になっていく。鼻声ゆえに、ひどく弱弱しくきこえた。
 こんな時間がないというその来社客に前にして、彩也子は微動だにしない。漂ってくる空気から、ふんぞり返る女主人と腰の低い使用人の図が想像できた。

 来社客が社屋に入って最初に出会う受付嬢は、“キレイどころ”のイメージが強いが、美人なだけではこの受付カウンターは任されない。ときとして、冷たく、厳しく、揺るぎなく、胡散臭い来社客を追い出さなくてはならないのだ。今みたいに。
 なかなかのハードな業務である。

 声とセリフから相手は男性客に間違いないのだけれど、どうも彼からは一般営業員の雰囲気が感じられない。それは、来社客のセリフが丁寧語でないからだろう。
 三琴がまったくの新人でないとしても、この手の来社客を対応したことがない。秘書室でいれば、階下の受付で許可された人物しか会うことがないからだ。ある意味、受付嬢は社全体の防御壁ともいえる。

 自分のシフトのときでなくてよかった、なんて思いながら、三琴は受付カウンター裏側で依然息をひそめていた。

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