その涙が、やさしい雨に変わるまで

3*もうひとりの御曹司

 三琴が受付部門に異動となって二週間たった。

 秘書課から受付へ異動したといっても、そこの仕事内容を新しく一から覚え直しではないので、三琴は早々に受付嬢のシフトに組み込まれることとなった。研修期間が終わってしまえば三琴は彩也子とお別れとなり、シフト表に従う毎日がはじまったのだ。

 本日の三琴は、彩也子とは別シフトである。
 午前中は別業務に従事し、午後からの受付カウンターに入るべく三琴がグランドフロアへ到着したときだった。

「申し訳ございません。副社長に会いたいとおっしゃられても、アポイントメントのない方をお通しするわけにはいきません」
 きっぱりと門前払いする彩也子の声。

「いや、アポといわれても、俺は瑞樹の家族なんだけれど……家族でも、会わせてもらえないものなの?」
 マスクをした鼻声の男性が困ったようにいう。マスクのせいで言葉のひとつひとつがくぐもっているのに、加えて鼻声ともなれば非常に聞き取りにくいものとなっていた。

 これから表へ出ていこうとした矢先で、こんなふたりのやり取りを耳にする。受付カウンター裏側で、三琴は足を止めた。
 うっかりここで出てしまえば厄介なことに巻き込まれそう、「ごめんね、高崎さん」と思いながら、三琴はその場で様子を伺った。

「申し訳ございません。社則によりご家族の方といえども、優遇することはできません。後日改めて、アポイントメントをお取りなってお越しくださいますよう、お願い申し上げます」
 厳しく言い放つ彩也子の声の底にあるのは、「殿下の家族だというけれど、噓に決まっているでしょ! 図々しいにも程があるわ」という濃い疑念の色である。

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