その涙が、やさしい雨に変わるまで
「申し訳ございません。伝言については、身分確認後に判断いたします」
 三琴のモヤモヤとは別に、彩也子は頑として受け付け拒否である。
「うーん、身分ねぇ~。パスポートでいい?」

 普通なら名刺とか社員証とかを呈示するだろう。
 でもこの客、名刺でも社員証でもなく、また運転免許証でもなくて、パスポートを提示した。

(そういえば、帰国、なんていっていたわね)
(それに、この馴れ馴れしい口調、なんだか覚えがあるのだけれど……)
(もしかしたら……)

 恐る恐る三琴は、受付カウンターへ顔を出した。その姿、鉄壁の守りの彩也子の後ろから顔を出す新人社員のよう。
 背筋をピンと伸ばして来社客に向かう彩也子の後ろ姿がある。その勇ましい後ろ姿を超えた先にいたのは……

脩也(しゅうや)さん?」
 一目見て、三琴はわかった。

 鼻声だったせいで耳では判断が難しかったけれど、みればわかる。
 アポなし来社客は、黒澤(くろさわ)脩也(しゅうや)であった。一年十ヶ月前、瑞樹に紹介されて、確かに三琴は彼と会っていた。

「あ、松田ちゃん! あー、よかった、よかった! 助かったよー」
 黒のスタッフジャンパーを羽織り、機内持ち込みサイズぎりぎりのデイバッグを担いでいる筋肉質な男性が、三琴をみて安堵の声をあげた。
 
「え? 松田さん? お知り合いなのですか?」
 来社者の正体を見事に当てた三琴の声に、彩也子は振り返る。
 その顔は、強気の姿勢から一転して焦る顔。
 そうそれは「この不審者、本当に(・・・)副社長の来客だったの? 私、とても失礼なことをやってしまった?」である。

 こんな具合に、午後の業務がはじまる前の受付カウンターにて、三琴は瑞樹の兄、黒澤脩也と一年十ヶ月ぶりに再会したのだった。

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