その涙が、やさしい雨に変わるまで
 でも、彩也子は違う。他の社員だってそう。三琴と瑞樹が極秘交際していただけでなく、それが兄の公認であったことなど知らない。ふらりとやってきたアポなしの独身幹部親族が、三琴をナンパしたようにしか映っていないのだ。

 はてさて、真実はいえないから、どう誤魔化したらいいだろうか?

 彩也子の鼻息はおさまらず、次々と三琴に詰め寄る。真剣に心配しているから、三琴も邪険にできない。

「下心がないなんて、そんなの、わからないわよ」
「どうしてよ?」
「あー、やっぱり! 松田さん、気がついていないのね。新しい受付嬢の噂が、男子の間で持ちきりだってこと」
「はぁ? 何、それ?」

 彩也子のいう『新しい受付嬢の噂』とは、こうだ。

――スゲー美人が、受付に配属されたらしいぞ。
――あの人、元秘書らしい。そのせいか、あたりがソフトで上品なんだよな~
――やっぱりカレシいるのかな? 今んとこ、そんな素振りがみえないんだけど……

 三琴が研修を終えて受付カウンターに並ぶようになると、すぐさま総務部は忙しくなった。業務を装って、三琴のことを探りを入れにくる男性社員が後を絶たないからだ。
 そんなことをきかされて、三琴は目が丸くなった。

「それって、秘書課から降格されたってことで、変に注目されただけだよ」
 秘書課でいたときもシニア幹部にモテていたといえばそうだが、そのモテ具合は爺と孫のほのぼのレベルである。
 彩也子にモテてますといわれても、いまひとつ三琴はピンとこない。
 副社長室の入るあのフロアには年配の幹部しかいないから、ある意味、独身社員から隔離された世界だった。それゆえ、年相応の華やかな恋バナなど三琴の耳には入ってこなかった。

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