その涙が、やさしい雨に変わるまで
 再会の居酒屋では、いままで内に秘めてあったことを、三琴は包み隠さず脩也にぶちまけることができた。脩也は瑞樹の兄だけど、彼がちょっと特殊な家族関係だからなのか、三琴は心を許すことができたのだった。
 風呂に入りながら、再度、脩也にきいてもらったことを思い返す。

 瑞樹が転落事故に遭い、会長からそれをきかされた。――将来を誓い合った仲であったのに、一番そばにいなくてはいけないときに自分はのんびりカフェで待っていた。なんて間抜けであっただろうか。

 転落して頭を打ち、瑞樹は記憶を失った。そのまま三琴のことは、忘却の彼方になってしまった。――一時的な記憶喪失だという医師の診断を信じて瑞樹の安静を優先した結果、真実を告げるタイミングを完全に逃してしまった。

 事故直後の瑞樹のそばにいたのは美沙希。記憶をなくした瑞樹は、新しい恋に向かってしまった。――心身ともに一番弱り果てたときにいたのが美沙希であれば、この状況下ではそうなるだろう。誰が悪いわけでもないし、誰のせいというわけでもない。

 結果的には美沙希に瑞樹を取られたような形になるのだが、美沙希に罪はない。もちろん、三琴のことを忘れてしまった瑞樹にだって。

 この気持ちを、どこに持っていけばいいのか?

 どこにもぶつけられなくて、三琴は誰にもいえず、悶々と内に持て余していた。そこに、事情を知るただひとりの人物、脩也が登場して『四季祭』での夕食となったのだった。

 脩也との夕食から時間が経過するにつれて、三琴はだんだん客観的に状況をみることができるようになっていった。
 脩也の提案する『アルバイト』は、失恋した三琴にうってつけだ。実際、瑞樹とは関係のない事柄に、三琴の意識を集中させることになったのだがら。
 ロケ先がバラ園というのも、脩也のいうとおり魅力的である。日帰りだけど、傷心旅行に相応しい場所である。

 退職するのだから、三琴だって次に向けて歩み出さなくてはならない。貯金はあるといえども、一時の生活費にしかならない。
 転職活動だって、まだ何もしていなければ、これも彩也子に𠮟られてしまう。

 脩也の『アルバイト』によって、そんなことが次々と三琴の頭の中に浮かび上がってくる。

(うん、いこう)
(雨でもいこう)
(となると、きちんと連絡しておかないと)

 別れ際にもらった脩也の名刺を取り出す。そこにあるQRコードを、三琴は自分のスマートフォンで読み込んだのだった。
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