ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

かっこいいけどちょっと変!?

 執事イケメンはスーツの胸ポケットから折り畳み式の金属製ルーペをさっと取り出し、虫に近づけて「ああ」と感嘆した。

「ナミハンミョウのメスですね。コウチュウ目、オサムシ亜目、オサムシ科、ハンミョウ亜科、Cicindelini族、Cicindelina亜族、ハンミョウ属、ハンミョウのナミハンミョウです。昼間、人の前を少し飛んでは止まり、また少し飛んでは止まりと、まるで道案内をしているように見えることから、道教えや、道しるべとも呼ばれています。ほら、脚も触覚も、腹まで全身くまなく、きっちりと、赤、青、緑に輝いている。ビューティフル。ああ、前胸のしわが放つにぶい輝きが堪らない。ギザギザの大顎もビューティフル。挟まれると痛いんですよ、肉食ですからね。オスは大顎の大部分が白色で、メスはこのように半分だけ白色なんです。ナミハンミョウに毒はありません。同じハンミョウでもツチハンミョウやマメハンミョウはカンタリジンという毒があり、触れると皮膚が水ぶくれになります。忍者がその毒を利用したとも言われていますよ。ああ、それにしても、ナミハンミョウの構造色はなんとビューティフル。構造色とは光の反射によって色がついているように見える発色現象のことです。ナミハンミョウの表皮を顕微鏡で観察すると数層に折り重なる膜があり、人の目には層が厚い部分が暖色系、層が薄い部分は寒色系に見えるんですよ。実際に色がついているわけではないから死んでも色褪せない。標本にピッタリです。ビューティフル過ぎて……食べちゃいたい」

「た、食べちゃいたい?」
 ハッと我に返った執事イケメンは、コホンと咳払いをして、サッとルーペをしまった。

「失礼致しました。私としたことがつい興奮してしまいまして。なにせ、あまりにビューティフルなナミハンミョウだったもので」
「は、はあ」

(この人かっこいいけど、ちょっと変……あ!)
 そうか! ここは虫屋。つまり虫を売るお店なんだ。

「あの、そのナミなんとかって高いんですか?」
「ナミハンミョウの成虫は千円相当で売買されると聞いたことがありますが、当店は昆虫ショップではございませんので詳しくは存じ上げません」

「え、ここって、昆虫ショップじゃないんですか?」
「なるほど。お客様は勘違いしておいでですね。当店は、むしはむしでも、虫の『中』の部分に『人』の字が入る方のむしを取り扱っております。つまり、人の飼っているむしのことです」

「人の飼っている……飼育用のカブトムシとかクワガタのことですか?」
「いいえ。人間の内側に飼っているむしの方です」

「人間の内側に飼っているむし?」
 ますます意味不明。

「今、お茶を入れてまいりますので、よろしければお座りください」
 そう言って知的に微笑んだ執事イケメンの店員さんが、アンティークの椅子をスーッと引いて「どうぞ」とほたるをエスコートしてくれた。

(お嬢様みたい)とほたるは赤面しながら腰かけた。
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