ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

喪失目の蛹

「取れましたよ」
「……へ?」
 ぽけっと顔を上げると、金色のピンセットで何かをつまんだ向尸井がおかしそうに笑っていた。

「困ったもので、時折、むし屋のコンシェルジュを呪術師か何かと勘違いなさる方がいらっしゃいましてね。むしを取り出す際、アニメやマンガの陰陽師のように、強い呪文を唱えて悶絶闢地の苦痛を与えながら無理やり引き剥がす、といったイメージを抱かれるんですよ。そもそも陰陽道は世の中の森羅万象の解明に務める学問で、天体観測や自然観測、暦の作成といった科学的事象を極める学問です。日本の陰陽師は律令制下で陰陽道に基づき研究する役人、つまり現在の国家公務員のようなものでした。彼らの仕事には、積み重ねた研究データに基づいて吉凶・厄災の占いや、病気回復の祈祷といった祭祀の執り行いがあり、その一部を誇張させたフィクションがアニメやマンガの陰陽師です。そのフィクションとむし屋を混合される無知なお客様がいて困ったものです。もちろん、お客様のことではございませんよ」
「……」

「さて」と、ピンセットの先に向尸井は視線を移し、真顔になる。

「直径五センチ強、赤黒い蘇芳色で全体に突起あり。ゼリー状。……これは、喪失目の蛹ですね」
「そうしつもくの、蛹?」
 ほたるの額にクエスチョンが浮かぶ。

「しかし、おかしいな」と向尸井首を傾げた。
「あの」
「いえ、なんでもございません」
 向尸井は、ピンセットで摘んだ物体を掲げたり左右に傾けたりしながら説明を続けた。
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